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2007年09月05日(水) 07時32分

ビデ倫強制捜査 「規制緩和」で警察と対立朝日新聞

 アダルト作品の自主審査機関最大手「日本ビデオ倫理協会」(ビデ倫)が、警視庁の強制捜査を受けた。基準をぐんと緩めた審査の結果、わいせつなDVDの流通を助けたという容疑だ。ビデ倫や制作会社は「違法性はない」と反論する。ビデ倫とはどんな組織なのか。何が問題なのか。

 ビデ倫は72年、当時の大手ビデオ制作会社3社を中心に設立された会員制の審査機関。家庭用ビデオの登場以降、性表現を含む作品が相次いで摘発を受けたことがきっかけだった。

 映画の「映倫管理委員会」(映倫)を参考に、規約や審査基準を作ったとされる。

 ビデ倫では、原則として2人一組の審査員が、作品のわいせつ性や対象年齢などが適切かを審査している。審査対象は、ビデオとDVD合わせて年間約7000作品にのぼる。制作会社の立ち会いも可能だ。表現の自由の問題で助言を受けるため、学者やマスコミOBによる評議員会もある。

 審査のよりどころは「自主的基準」だ。例えば「男女の露出した性器愛撫(あいぶ)の描写は処理する」といった具合に、性表現や題名などについて原則を定めている。審査済み商品は、ビデ倫のマーク入りシールを張って売ることができる。ビデ倫審査済み商品しか扱わない量販店やCS放送も多く、ビデ倫のお墨付きを得るメリットは大きいという。

 そのビデ倫が数年前から、大きな「規制緩和」に踏み切った。04年秋には画像処理しなければならない対象範囲を小さくしたり、モザイク状の処理だけではなくぼやかす程度の処理でも容認。昨年夏にはヘアなどの露出を解禁した。

 なぜか。関係者の一人は「他の審査機関と比べて基準が厳しく、制作会社から『売れない』と圧力があった」と当時の事情を証言する。

 レンタルビデオ店が登場した80年代以降、審査はビデ倫の独占状態だったが、近年は基準の緩い新興機関が10近く登場し、勢力を拡大。ネットの動画配信でより過激な作品を入手できるようになったこともあり、会員の制作会社の一部からは「このままでは倒産する」といった悲鳴があがったという。

 ビデ倫の審査を見学したことがある別の審査機関幹部らによると、ビデ倫の審査員の大半は映画会社OBら60代以上で、全体でも十数人しかいない。審査を通らない作品はほとんどないという。20〜50代が審査するという別の審査機関の幹部は「動体視力が落ちる高齢者では、細かなチェックは難しい」と話す。

 規制緩和以降、ビデ倫加盟の制作会社は過激さを競うようになった。「新基準モザイク採用」などと大々的に宣伝する作品も多い。

 ビデ倫と警視庁の見解は真っ向から対立する。

 警視庁は、(1)いたずらに性欲を興奮・刺激し(2)普通人の正常な性的羞恥心(しゅうちしん)を害し(3)善良な性的道義観念に反する文書を「わいせつ」と定義した1951年の最高裁判例を踏まえ、強制捜査に着手。容疑対象の3作品のほか、ビデ倫の規制緩和自体の違法性も高いとみている。捜査幹部は「ビデ倫は、築いた信頼を自ら壊した」と語る。

 捜索を受けた都内の量販店は「ビデ倫の審査済み商品だから信頼していた。一つ一つ商品の封を開けて確かめることはできない。裏切られた思いだ」。一方、容疑対象の作品を制作して捜索対象になった都内の会社は「全作品がビデ倫の審査を受けているので、違法性はないと固く信じている」とホームページで訴えた。営業は続けるが、ネット販売は休止した。

 ビデ倫は捜索翌日の8月24日、理事会を緊急招集。「社会貢献の実績を有する当協会に対し、容疑は誠に遺憾」という見解を28日に公表した。

 10年以上にわたり評議員を務める奥平康弘・東大名誉教授(憲法)も「わいせつの定義はあいまいで、国家が取り締まるべき問題なのか疑わしい。上と下から圧力を受ければ、自主審査機関としてのビデ倫の存在自体が危うい」と危機感を募らせる。

 警視庁は、大手映画会社出身の理事長ら、ビデ倫幹部の事情聴取を連日のように続けている。規制緩和の経緯解明が捜査の焦点になりそうだ。

http://www.asahi.com/national/update/0904/TKY200709040432.html