2005年12月19日(月) 00時00分
一人の男が隣の客に長々と話しかけている。「牛は至極高味(か… (東京新聞)
一人の男が隣の客に長々と話しかけている。「牛は至極高味(かうみ)でごすネ…こんな清潔なものをなぜいままで」などと▼仮名垣魯文の『安愚楽鍋(あぐらなべ)』に出てくる西洋好きの男だ。牛肉のうまさをほめたたえて、まだ肉食を野蛮とみなす日本人のことを「わからねへ野暮(やぼ)をいふ」とあげつらう。一方で西洋文明を持ち上げて「彼土(あつち)はすべて理でおして行国(ゆくくに)がらだから」と得意げである▼『安愚楽鍋』は明治初期に出版された。文明開化で続々開店した牛鍋屋を舞台に、あぐらをかいて牛肉を食し、文明開化を受け入れていく人々を描く。その姿は安直でお気楽にも見えるけれど、柔軟といえば実に柔軟である。日本の近代化が速やかに進んだ一因だろうか▼以来、日本人の食生活に定着した牛肉。牛海綿状脳症(BSE)発生で停止した米国・カナダ産牛肉の輸入再開第一便が先週末、国内に到着した。特定危険部位の除去など輸入条件が守られるかどうか不安や疑問は多い。米が「理でおして」でなく「無理でおして」きた結果の、見切り発車でないことを願いたい▼「二十カ月以下」の条件でも、ステーキ用のヒレやサーロインといった高級品は輸入禁止前の数量を十分満たせるが、安い牛丼用のバラ肉や焼肉用のタンは極端な不足が続き、小売価格は当分高止まりのままだ。それでも、米国などが条件を守り、日本がきちんと査察を実行して、安全と信頼を保ってもらうしかない▼『安愚楽鍋』は「牛鍋食はねば開化不進奴(ひらけぬやつ)」と書いている。今は気楽に「安全」を語る人々が開化不進奴である。
http://www.tokyo-np.co.jp/00/hissen/20051219/col_____hissen__000.shtml