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都内のある証券会社。厳重なセキュリティーチェックを受けないと入れないディーリングルームを窓越しにのぞくと、間仕切りで囲まれたデスクが所狭しと並ぶ。証券会社が自己勘定で株式を売買するスペースで、それぞれの机に置かれた五、六台のコンピューター端末を見つめるディーラーの顔は真剣そのもの。手元の電話を慌ただしくつかみながら目は数字を追う。外にいる部外者に気づくと、殺気だった表情でこちらをにらんだ。
顧客からの委託を受けて株式売買を入力するデスクは隣の部屋にあった。同様にパソコンが何台も並ぶ。そのうちの一つが、東京証券取引所に直結する端末だ。端末の画面には、株式の銘柄名、株数、値段、売り買いの別を入力する欄が並ぶ。オペレーターがそれぞれの欄に、数字を次々と打ち込んでいく仕組みだ。
みずほ証券の発注ミスは、東証の新興企業向け市場マザーズに八日上場した人材派遣サービス「ジェイコム」(大阪市)の株取引で起きた。午前の取引開始直後、コンピューター端末で「六十一万円で一株」の売り注文を出すべきところを、誤って「一円で六十一万株」と入力してしまったという。「単純ミス」による損失は二百七十億円以上に上る見通しだ。
この発注は、ジェイコムの発行済み株式一万四千五百株の約四十倍。業界全体として、こんな異常な発注を防止する仕組みはなかったのか。
東洋証券企画部の鈴掛徹企画課長は誤入力を防ぐシステムについて「ほとんどの証券会社はリスクを避けるために、取引を株数や金額で制限している。それを超えるとロックがかかり、東証端末には入力できない」と説明。みずほ証券の誤発注については「一株だから注意力が足りず、正常に入力したと思いこみ、システムの警告に気づくのが遅れたのではないか。六千万円、六億円といった高額、取引株数の多い売買なら違っていたはずだ」と話す。
明らかに発注ミスだと分かるのに、そこに食いつく投資家がいることも、株式市場の現実だ。インターネット上では、誤発注のうわさがすぐ飛び交った。玄関サイト「ヤフー!ジャパン」のジェイコム専用の掲示板には、誤発注が起きた四分後の八日午前九時三十一分から「何これ?」「誤発注だ。買いを入れろ」「百枚もらった。今日はパーティーです」「家が建ちます。マジで」といった書き込みがあふれた。
こうした個人の買いも重なってジェイコム株は急騰し、わずか十六分でストップ高でほぼ買い気配のまま売買が成立しなくなった。
みずほ証券と同様の発注ミスは、二〇〇一年の電通株上場の際にも起きた。外資系証券が「六十一万円で十六株の売り」とするところを、「十六円で六十一万株の売り」と誤って発注したケースだ。
同じ年、別の外資系証券もいすゞ自動車株の九万株の売りを九千万株の売りと誤発注した。売買は成立せず、実質的な損害は出なかったが、株数が非常に大きかったため、「大株主が見放した」との観測を呼んで株価が一時、暴落する騒ぎとなった。
ある証券関係者はこう話す。「株数と値段を取り違える単純ミスはしょっちゅうあるのではないか。すぐに取り消して、大ごとになっていないだけだ」
急増している個人投資家のネット取引も、コンピューターに株数、値段を書き込んで売り買いするという意味ではみずほ証券とまったく変わらない。
以前にネット取引をしていた都内の男子大学生(23)は、一年前、やはりネット取引の画面で間違えて入力した経験がある。「株数と値段を取り違えて入力したら、自分でできる取引の範囲を超えていたので受け付けてくれなかった。原因?
うっかりしていたとしかいいようがない」
ネット証券取引大手の松井証券によれば、ネット取引の場合は、「顧客から先に預かった資産を超えて取引できない」。例えば、ある銘柄を二株しか持っていないのに、三株の売り注文を出すと取引画面が受け付けない。
一方で、預かり資産の範囲内であれば、発注ミスがそのまま通ってしまい、思わぬ損失を出しかねない。
このため、取引画面では注文が正しいかどうか確認を求め、暗証番号を入力する画面が最後に現れる。前出の大学生はパソコンでも携帯電話でも頻繁に取引をしていたが、取引画面に入力した数字を目で確認した上で、読み上げたりもして注意していた。それでも確認画面では、いつも「緊張して怖かった」と言う。
株取引以外でも、一昨年には総合商社丸紅のネット直販サイトでNEC製パソコンの販売価格十九万八千円を一万九千八百円と一けた間違えて表示。買い注文が殺到した。丸紅側は当初、錯誤による売買契約の無効を主張したが、結局、一万九千八百円で販売。約二億円の損害を出したとされ、直販サイトは閉鎖されてしまった。
次世代電子商取引推進協議会ネットショッピング紛争相談室の原田由里相談員は「企業の誤表示もあるが消費者が誤発注する場合もある。消費者は、つい何も考えずに利用規約や注文の確認画面で同意のボタンを押してしまいがちだが、よくよく注意する必要がある」と話す。
簡単に電子の金が飛び交う社会で、どうすればミスが防げるのか。
JR西日本安全諮問委員会委員で立教大教授の芳賀繁氏(産業心理学)は「今回の誤発注では、株数、値段を入力した際に端末上に警告が出たが、社員は無視してしまったとされる。状況に応じて警告の種類を変え、習慣化を防ぐべきだ」とする。
例えば、米ボーイング社のジャンボジェット機では操縦席内の操作画面上での警告が三段階ある。一番危険な場合は、警報音とともに画面が赤く点滅して危険度を伝える仕組みだ。
証券業界では、みずほ証券の誤入力した担当者の処遇について「ディーラーならクビになるのではないか。顧客の注文伝票を入力するだけの事務員なら、処分されるのは上司だろう」との厳しい予想もある。
前出の芳賀氏は「会社がつぶれるほどの危険があるということを示す警告の仕組みだったかどうか」と疑問を投げ掛け、こう語る。
「人間のミス自体が大きくなっているわけではない。今回も普通の人がパソコンで書いた文書を間違えて消してしまうのと同じような単純ミスだ。ただ、従来できなかった仕事を簡単にできるようになった半面で、ワンクリックで重大事故というリスクも増えた。事故が起きた場合に、どう被害を最小限に食い止めるかを忘れていないか」
http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20051210/mng_____tokuho__000.shtml