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■担当者変更 請求を拒絶
「前任者は一カ月で取引履歴を開示すると話していたが」。昨年、多重債務者だったAさんは大手消費者金融の担当者に開示を迫った。同社とは二十年弱の取引があった。が、新しい担当者はその求めを拒んだ。
「開示を約束した録音テープがある」と食い下がるAさんに、担当者は沈黙した後、こう答えた。「調停で債務は決着しており、データは残っていない」
たしかに特定調停で債務は消えていたが、Aさんの狙いは過払い分の請求にあった。その計算のために取引履歴は不可欠だった。結局、履歴は公開された。だが、商法で保管義務のある十年分のみだった。
別の大手消費者金融も履歴開示を拒んだうえ、逆に百十七万円を払えと督促状を送りつけてきた。しかし、雑誌にそのてん末が取り上げられるや、発売日に支店長ら三人が「七十五万円の過払いになっていた」と自宅に頭を下げに来た。
結局、弁護士と相談し、過払い金の遅延利息と慰謝料を上乗せさせて返還させた。
「ご利用は計画的に」。大手消費者金融のテレビCMを目にするたび、Aさんは憤る。「履歴開示拒否は銀行が利用客の通帳に記帳を拒むのと同じ。でも、その非常識がまかり通ってきた。示されるのは根拠の説明抜きの債務の総額だけ。いくら借り、いくら返したかも教えずに、どう“計画”をつくれというのか」
Aさんは四十代前半。関東地方で妻と母と暮らす。共働きで現在、世帯の収入は月四十万円弱だ。二十二年前、病気の後遺症から職を失い、消費者金融から二十万円を借りたのが、“地獄”の始まりだった。負債総額は二〇〇三年五月にはヤミ金融も含め、四十六件八百万円に膨らんだ。
そもそも、なぜ消費者金融に手を出したのか。Aさんは「銀行は容易に貸してくれない。消費者金融はテレビCMを流してるし、社会的信用もあり、無理難題は言わないと思った」と話す。でも、なぜ危険なヤミ金融にまで。「(消費者金融の)取り立ての強迫観念から、冷静な判断は失われていた」
わらをもつかむ思いで、多重債務者の救済団体「太陽の会」に相談した。それまで、業者の金利に法的な二重基準(グレーゾーン金利)があることすら知らなかった。その後、自己破産せず、債務を三十万円まで圧縮させ、生活再建のめどが付いた。返済のかぎとなったのが、取引の履歴開示に基づく過払い分の返還だ。三百万円もあった。Aさんは「もし過払い自体がなければ、多重債務には陥らなかった」と振り返る。
全国クレジット・サラ金被害者連絡協議会には、最高裁の判決後、問い合わせが急増している。
本多良男事務局長は「多くは『ずっと利息を払ってきたが、もう払わなくてもよいのではないか』という疑問の声だ。私たちは、『七年以上取引して、返済を続けていれば、絶対に過払いになっている』と説明している」と話す。
同協議会によると、多重債務者は百五十万人から二百万人、消費者金融の借り手は口座数で延べ千六百万人に達する。
「過払いは多重債務者だけの問題ではない。破たんはしていなくても過払いの人は多数いる。一人で悩まずにぜひ相談してほしい」(本多氏)。
一斉提訴に踏み切った、アイフル被害対策全国会議の事務局長、辰巳裕規弁護士も、「今回、提訴したのは三十二都府県の四百五十八人だが、このほかにも圧倒的な数の人が過払いになっている」と指摘する。
■返還求めて訴訟急増か
多重債務者問題に詳しい金城学院大の大山小夜助教授(社会学)は「今回の最高裁判決で、これまで情報の点で不利な立場にあった借り手側が、やっと業者と対等な立場に立てる」と説明し、今後は任意整理、特定調停、過払い請求訴訟が増えると分析する。
「多重債務者は複数の業者から借り入れ、返済しており、契約書や明細書などを保存していないことが多い。一方で、業者側は、貸金業法では三年、商法では十年、帳簿の保存が義務づけられ、開示そのものは容易なはずだ。もし今後、開示が義務づけられれば、借り手はいつでも自分の取引履歴を簡単に確認できる」
この結果、債務者はどこからいくら借りて、あとどれだけ返せばよいか検討することができ、多重債務の防止につながる。大山氏は「返済困難に陥った人も、取引履歴を見直すことで、なぜ返済困難に陥ったのか、今後どう業者と付き合えばよいかを考え直せる。問題の早期解決と再発防止につながる」と期待する。
それにしても、「ゼロ金利時代に、普通預金の金利の二万倍、三万倍の利息で貸し付けること自体が不当だ」(本多氏)という高金利がなぜ放置されてきたのか。多重債務問題に当たってきた関係者は、まず国が取り組むべき対策として、出資法の上限金利を利息制限法の20%まで下げ、さらに利息制限法の金利も下げることなどを、金融庁の懇談会でも訴えてきた。
辰巳氏は「最初からヤミ金で借りる人はいない。根っこには、消費者金融の多重債務があり、ヤミ金の温床になっている。罰則がないからと、20%台のグレーゾーン金利がまかり通ってきた。不当利得で成り立っている商売とはいったい何なのか」と指摘する。
長年にわたる多重債務相談を通じて、本多氏も「高金利、過酷な取り立て、過剰融資という『三悪』をなくさない限り、自殺や夜逃げはなくならない。過払いをしなければ、避けることができた自己破産や自殺も多い」と訴える。
自己の体験から、前出のAさんは多重債務者に向け、「二百万から三百万円に負債が膨らむと、もう返せない。専門の救済団体に一刻も早く相談すべきだ。個人で調停を試みても、簡易裁判所では債務不払いを証明してくれるだけ。過払いの返還には証拠として交渉テープをとるなど、一定の専門的な知識が必要だからだ」と呼び掛け、法律の不備をこう指摘した。
「貸金業者だけでなく、信販会社も履歴を開示しない。金利の二重基準の是正とともに、履歴開示を罰則付きで義務付けてほしい」
<メモ>
グレーゾーン金利と過払い 貸金業の上限金利については、利息制限法(金額に応じて年率15−20%)と、出資法(同29.20%)があり、二つの上限金利のはざまがグレーゾーン金利。原則として利息制限法が適用されるが、一定条件を満たせば出資法の上限金利まで認められる。しかし、実際には条件を満たさないまま、グレーゾーン金利が適用されており、過払いの要因となっている。
特定調停 多重債務者が自己破産せず、無理ない返済で生活再建するための制度。通常、利息制限法に基づく上限利息で計算し直すため、20%を超える高利の借金は大幅に圧縮される。
http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20050727/mng_____tokuho__000.shtml