悪のニュース記事では、消費者問題、宗教問題、ネット事件に関する記事を収集しています。関連するニュースを見つけた方は、登録してください。
また、記事に対するコメントや追加情報を投稿することが出来ます。
午前九時四十五分、八〇六号法廷に足を踏み入れた。一礼して座る。裁判官と並び、一段高いところから法廷を見下ろす形だ。満員の傍聴席に緊張する。事件は「殺人未遂」。検察官による起訴状朗読や冒頭陳述、被害者と事件目撃者の証人尋問、被告人質問などが行われたが、検察側と被告側とで主張が違う。
何が“真実”なんだろう。考えながら聞くうち被告の姿が目に入った。「この人の人生を決めることになるんだ…」。事前の想像を上回る責任の重さが胸に迫ってきた。
別室に移って午後の評議。円卓にメンバーが座ると、小川正持裁判長が「最初に事件の証拠を確認しましょう」。書類を見ながら事件の概要を振り返り、包丁の形やけがの位置などの証拠を確認し、気付いた点を言い合うことになった。
最大の焦点は「被告が殺意を持ち、無言で体ごとぶつかり下腹部を刺した」のか、「包丁は脅しにすぎず、もみ合ううちに刺さった」のか。
「実際に立ってやってみましょうか」と、補充裁判員役で被害者に背丈が近い俳優加藤雅也さんと、被告の背丈に近い裁判員の高校教諭鎌田貴志さん(29)が、刺された瞬間を再現。向かい合う二人の間隔は五十センチ。法廷で聞いた時は疑問を持たなかったが、いざ目の前にすると本当に近い。
「この近さで無言でいきなり刺されたら、まず逃げられないですよ」と加藤さんが指摘した。被害者は、とっさに横に逃げたため横腹を刺されたという。「逃げるとしても後ろ。よほどの武道の達人でない限り横は難しいと思う」との声も。
裁判員が順番に体験してみた。「本当だ」。記者も被害者の位置に立ってみる。包丁を突きつけられると体は自然に後ろにのけぞった。
刺した時の包丁の角度と深さも問題になった。包丁の刃渡りは約十五センチで傷の深さ十センチ。「被害者が言う通り体ごとぶつかったなら、包丁ののど元まで体に刺さるのではないだろうか」「やはりもみ合ったのでは」
■時間切れで判決出せず
目標の午後四時が近づいてきた。目撃者のスナックのママの証言の信ぴょう性を含め、証拠に基づき議論を重ねたが、知りたいことは増え、時間が足りない。殺意の有無についての討議さえできず結局、判決を出せなかった。だが感想として裁判員のほとんどが「殺人未遂ではなく傷害では」という見方を示した。
今回は一日限りの模擬裁判ということで、時間的に無理があった。しかし評議中、「最善の結論を出したい」という思いがどの裁判員の発言にも感じられ、繰り広げられた真剣な議論は「おもしろい」とさえ思った。時間をかければ結論が出るだろうとの手応えもあり、責任の重さと同時に、「私にもできるかもしれない」と感じられた。
文・林涼子/写真・梅津忠之
<メモ>【事件の概要】
2004年2月4日午後10時ごろ、東京都中央区のカラオケスナックで客同士がけんか。大工の男性(31)が解体作業員の男(52)を一方的に暴行、男に顔面打撲など約2週間のけがを負わせた。解体作業員の男はいったん帰宅したが、悔しさがおさまらず、自宅にあった刺し身包丁(刃渡り約15センチ)を持ち同日午後11時ごろ、カラオケスナックを再訪。包丁で大工の男性は左下腹部に約2週間の軽傷、左ひざに約2カ月の重傷を負うなどした。現場はカラオケスナック店舗前で、大工の男性が負傷した瞬間を目撃した第三者はいない。検察側は男が殺意をもって包丁を腹めがけ突き刺すなどしたとして、殺人未遂罪を適用して解体作業員の男を起訴。一方、被告となった男は「脅して謝らせるつもりで刺し身包丁を構えたら、もみ合いになり、包丁が誤って刺さってしまった」と主張、殺意を否認した。
http://www.tokyo-np.co.jp/00/thatu/20050621/mng_____thatu___000.shtml