悪のニュース記事では、消費者問題、宗教問題、ネット事件に関する記事を収集しています。関連するニュースを見つけた方は、登録してください。
また、記事に対するコメントや追加情報を投稿することが出来ます。
「責任ある大きな仕事を任されていたのに、告発後は農家の人が片手間でやるような仕事がせいぜいだった。その落差に対する屈辱感、怒りとともに、無力感といつも闘っていた」
■草むしり以外することない
運輸業界の闇カルテルを内部告発したため、報復として昇格・昇給を見送られたとして勤務先の運送会社「トナミ運輸」を富山地裁に訴え、二十三日、約千三百万円の賠償を勝ち取った串岡さんは判決直後、少し上気した表情で拳に力を込めた。運賃水増しの闇カルテルを告発したのは一九七四(昭和四十九)年。「岐阜で営業担当をしていた。駅前は東京で言えばアメ横のような問屋街。小さいお客さんで商売も成り立っているのに客の弱みにつけこんだやり方が許せなかった」と振り返る。
入社して五年がたっていた。告発後配属された教育研修所は、四畳半の部屋に机一つが置かれているだけだった。たまに頼まれる草むしりなどの雑用以外、何もすることはない。「時間がありすぎる。一人で会話しながら、気力が強くなったり弱くなったりの繰り返しだった」
直接、間接に会社を辞めるよう圧力を受けた。
実は就職の際、兄が県議に口利きを頼んでいた。内部告発後、兄はその県議に呼ばれ、仕事を辞めさせるよう説得された。「あんたの息子は会社に悪いことをやってる」と言われた母親は夜、眠れなくなった。「私は婿養子だったし、同居している妻の両親も会社を辞めた方がよいと言っていた。孤立無援で追い詰められた。保守的な地域で、会社に逆らうことが悪だったから…」
九二年、研修所が移転し、同僚一人と同じ部屋で勤務するようになったが、仕事がないのは同じだった。「月に十日ある研修のときに、社旗や日の丸を揚げたり、コーヒーのカップを洗うぐらいしかない」
昇任もなく昇給もない日々は続いた。「二〇〇二年に提訴した際、給与は約十八万円。提訴の後、三カ月ほど十七万円ぐらいに下げられ、そのことをマスコミが取り上げると、今度は約二十一万円に上がった」と苦笑いする。
少ない手取り。「娘と息子は奨学金をもらって大学を出た。七十歳すぎまで働き続けた義父は会社の役員をしており、バックアップがあったからこそ。私個人では入学金や授業料は出せなかった」と感謝する。「一個人は弱いが一戦交えることはできる」と胸に秘め続けたのが裁判という手段だった。二人の子どもが自立した後、行動に移した。
串岡さんは言う。「内部告発は決して後悔することじゃない。告発することが公益になるという、その誇りが生きる勇気を与えてくれる」。家族や友人との付き合いも助っ人だった。
■年収は同期の半分以下に
串岡さんの次世代の内部告発者の生き残り策はさまざまだ。
元大手銀行社員の小磯彰夫さん(62)は、銀行の実態を内部告発した。会社側の報復はすさまじかった。「年収は五十代の最高時点で約八百万円。同期入社平均の半分以下だった。人事評価の半分は忠誠心だからだ」。入行以来四十一年間、平社員で九カ所の支店を巡った。
三十代に入って殺人的に忙しくトラブルの多い池袋西口支店の窓口係に転勤になった。「問題社員を内部で監視しつつ、会社を辞めさせようという意図があった。その効果はてきめんで、高血圧症にかかり一年間入院した」
それでも会社を辞めなかった自分を「誇り高き平社員だった」と振り返る小磯さんだが、「自分の告発を正義ととらえ、精神的に支えてくれた顧客や同僚なしには、闘えなかった。自分に出世欲がなく、みんなといい職場で働きたいという意図だけで活動していたから支持された」と告白する。
■『機密漏えい』警察から尾行
製薬会社社員の北野静雄氏(55)は「問題がある会社の商品を批判し続けて、解雇以外の災難はすべて受けた」と胸を張る。
「運動ビラを配布中、上部の指示を受けた社員に足を引っかけられ、頭を強打し病院に運ばれた。後に知ったことだが、機密漏えい者として警察からも尾行されていたようだ。『飼い犬が飼い主をかむとは何事か』と、世間から密告者扱いを受けた」
そんな北野氏が自分を保てたのは自ら結成した組合と同志がいたからだった。
組合活動の結果、問題の薬品の毒性が社会的に認知された。北野氏は「講演などで社会に訴え続けることも大事。会社側に『あいつは殺さん限りしゃべり続ける』とあきらめさせるしかない」。
内部告発者の保護を図るため、〇六年から公益通報者保護法が施行されるが、法制定のきっかけになった牛肉偽装事件を告発した冷蔵会社社長など“取引先”は企業内部の従業員ではないため保護対象にはならない。さらに、内部告発者が保護される条件として、「告発前に企業内部へ通報する」ことが必要という大きなハードルが設けられる。
小磯さんは「正々堂々と名乗って告発しなければ、社会的な理解を得られない。社内の改革にもつながらないだろう。個人的な恨みではなく、社会正義に反していることを証明する闘いなら支持される」と当然視する。
一方、北野氏は「告発前の企業内部への通報義務は、社会問題化する前に会社側が、告発者の口をふさごうとする可能性がある。告発者の命も危険にさらされる」と危ぐする。
■おもねるのは会社自滅の道
昨年、大手企業に勤めながら経営幹部の不正を訴え、今も企業内で闘うある中堅幹部はこう訴える。「串岡さんが内部告発した時代は、高度経済成長で企業は社員にとって自分の世界のすべて。絶対だった。しかし、今は長引く不景気で終身雇用制も崩壊した。そんな不安定な時代に、人事権を持つ人間におもねって、不正をただせない人間ばかりでは、企業も従業員も自滅する」
http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20050224/mng_____tokuho__000.shtml