2005年02月23日(水) 03時02分
<偽造キャッシュカード>動きだした被害対策(毎日新聞)
偽造キャッシュカード事件の急増を受けて、金融庁は22日、有識者による研究会を設置し、被害の予防策や損害補償など被害者対策の本格的な検討に乗り出した。ただ、経営体力がある大手行では予防策への取り組みが進みつつあるが、地域金融機関にはコスト負担が重くのしかかる。金融機関が被害者の損害をどこまで補償するかという“線引き”も難しく、実現までには曲折がありそうだ。【古田信二、斉藤信宏、三沢耕平】
■「無過失」立証が課題
金融庁の研究会はまず、被害を受けた預金者が確実に補償を受けられる仕組みの検討に入る。ただ、「監督当局が預金者と銀行との契約関係に踏み込むのは難しい」との見方が強く、補償制度の整備は議員立法で実現する可能性が高い。
ほとんどの金融機関の約款には、偽造カードが使用されて預金者に過失がなければ、銀行が責任を負うと明記されている。しかし、預金者本人が無過失を立証することは難しく、同庁の実態調査によると、補償が行われたケースは被害全体の8.7%にとどまる。
金融機関のATM(現金自動受払機)には、使用されたキャッシュカードを撮影する機能がある。画像記録を点検すれば、使用されたカードが本人のものかどうか確認できるが、銀行側は積極的に画像記録を確認していなかった。「圧倒的に銀行がもつ情報量が多いのに、預金者に立証責任があるのは問題」(金融庁幹部)との認識が損害補償を金融機関に促す出発点で、与野党から「立証責任を銀行側に負わせるための特別法を整備すべきだ」との声が上がっている。
銀行側の消極姿勢の裏には、預金者の届け出に応じて被害実態を把握しないままに損害を補償すれば、被害者のふりをして損害の補償を求める「なりすまし詐欺」などにつながる恐れもあったからだ。しかし、今年1月にゴルフ場支配人を巻き込んだキャッシュカード偽造団が警視庁に検挙されたのを契機に金融機関側の姿勢は変化。大手行は「犯人が検挙されなくても、客に責任がないと判断したら補償する」(東京三菱銀行)などと、補償に前向きな姿勢をPRし始めた。
80年代から偽造被害が出始めたクレジット業界は、パソコンなど換金性の高い商品を短時間で大量に購入するなど不審な取引をただちに発見できるシステムを導入した。それでも、カード不正使用による被害額は03年で272億円に上り、ほぼ全額を業界負担で補償している。
全国銀行協会の西川善文会長は22日、従来は損害補償に消極的だったことを認めた上で「今は被害状況をよく聞いて、預金者に過失がないと判断した場合には補償する流れになりつつある」と業界全体で取り組んでいる姿勢を強調した。
ただ、実際の損害補償は、最終的に金融機関の判断に委ねざるを得ない。三井住友銀行は3月から、保険料を銀行が負担してICカードに偽造や盗難による損害を補償する保険をつけるが、補償の上限は100万円。「コストを考えると、補償には限度がある」(幹部)のが実態だ。
■地域金融には重い負担
金融庁が22日、金融機関に要請した予防策は、カードのIC(集積回路)化や生体認証機能の導入などシステム面でのハイテク化が中心で、大手行は近く導入するものが多い。同庁は「大手行で予防策が進めば、地域金融機関を狙った犯行が増える恐れがある」(幹部)とみており、地方銀行や信用金庫などにも対策を促したい考え。しかし、金融界全体が足並みをそろえて効果的な対策を打ち出せるかは不透明だ。
同庁はカードのIC化などのほか、異常な預金引き出しの早期発見▽ATM操作中ののぞき見防止▽出金停止の求めに24時間態勢で対応——などを要請。しかし、同日の研究会では七条明副金融相が「地方(銀行)の場合、資金面の問題を議論しなければならないつらさがある」と指摘。体力の弱い地域金融機関がコスト負担に耐えられるか、という問題が浮かび上がった。
また、ATMから1日に引き出せる限度額の引き下げも求めたが、被害の拡大を防ぐメリットがある半面、「顧客の利便性が失われる懸念もある」(大手行幹部)。大手行は預金者自身が1日の支払限度額を自由に設定できる機能を導入済みか近く導入する予定だが、地域金融機関が預金者の個別ニーズに対応できる人的・資金的な余裕があるかという点も課題になりそうだ。
さらに、ICカードは大量の個人情報を記憶しており、ICチップが読み取られない限りは当面の犯罪予防に役立つが、将来的に完全な予防策となるかを疑問視する向きもある。
金融庁は各金融機関に、3月までに対応方針を報告するよう求めた。同庁の要請をどこまで反映させるかは「あくまで各金融機関の経営判断に委ねる」(同庁幹部)が、問題が改善されない金融機関には行政処分も検討する。各金融機関の体力と預金者保護とのバランスをとったうえで、最低限のルールをどう設定するか、同庁は難しい舵(かじ)取りを迫られている。
■刑事手続き上の矛盾
偽造キャッシュカードによる預金引き出しが、刑事事件として表面化しにくかった背景には、被害を受けた預金者が刑事手続き上は「被害者」とならないという矛盾があった。刑事手続き上、預金引き出しの被害者は金を引き出されたATMを管理する銀行となる。懐が痛まない銀行の被害者意識は薄く、警察に被害届が提出されるケースは少なかった。
全国銀行協会によると、偽造カードによる預金引き出し被害は▽01年度1件(被害額1900万円)▽02年度3件(同1300万円)▽03年度92件(同2億7700万円)——と増加。04年度は4〜12月だけで307件(同8億700万円)。
偽造キャッシュカードの被害者18人は18日、「銀行は被害対策を怠っている」として、銀行などに損害補償を一斉に申し入れた。今月末までに応じない場合は、集団提訴に踏み切る方針だ。
(毎日新聞) - 2月23日3時2分更新
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050223-00000021-mai-bus_all