記事登録
2008年11月30日(日) 00時00分

<1>模擬裁判体験読売新聞

裁判員6人が参加した模擬裁判。検察と弁護側双方の主張に真剣に耳を傾けた(代表撮影、福島地裁で)

 先月中旬、福島地裁の一室に31人の裁判員候補者が集められていた。午前11時15分、鈴木信行裁判長が六つの番号を呼び上げた。「15番の方」。福島学院大4年の益留裕大さん(21)は、机の上の15番の番号札を見て、戸惑いの表情を浮かべた。「法律の知識もない自分で大丈夫なのか」。そこから本番とほぼ同じスケジュールでの3日間の模擬裁判が始まった。

 同大職員から模擬裁判への参加応募を勧められたのは7月。同級生20人の名前が既に名簿にあり、軽い気持ちで応じた。9月中旬に同地裁から「呼出状」が届いた時も「まさか選ばれないだろう」と、辞退事由を尋ねる質問票に何も書かずに返送した。この日午前9時半から始まった鈴木裁判長と候補者一人ずつの面接でも、辞退は申し出なかった。だが、実際に選ばれ、急に不安がこみ上げた。

 「足が震えた」。同じく6人の裁判員に選ばれた福島市笹谷の主婦西山智春さん(35)が緊張の頂点に達したのは午後1時、裁判官とともに法廷に入った時。約30人の傍聴人が一斉に目を向けたからだ。8月には長女(10)と同地裁の親子見学会に訪れ、長女が裁判員席に座って喜ぶ姿を眺めていたが、同じ席に座るとは思ってもいなかった。

 公判は被告の無職男(22)がスーパーで万引きしようとして見つかり、逃走時に副店長にけがを負わせたとする強盗傷害事件を想定。検察側は法廷のモニターに写真や図を表示し、弁護側は検察の立証の疑問点を二つに分けて訴えた。西山さんは、「裁判は難解な法律用語ばかり」と思っていたが、両者の説明は意外に分かりやすく、いつの間にか双方の言い分に集中し、緊張は薄れていた。

 評議室では、楕円(だえん)形のテーブルを9人で囲み、鈴木裁判長が裁判員の意見を聞きながら評議を進めていった。被告と被害者がつかみ合う場面は、益留さんと裁判官で再現した。益留さんは「被告と年齢が一番近い自分が、彼の気持ちを考えられるはずだ」と、気付いたことを書き留めており、メモ用紙は8枚にもなった。

 福島市土船の酪農阿部幸夫さん(61)も徐々に審理に引き込まれていた。3日間とも普段より1時間早い午前4時半に起床。牛舎の掃除と乳牛15頭への給餌を終えてから同地裁に向かった。初めは「眠くなって裁判どころじゃないかも」と心配だったが、被告を犯行に駆り立てたのは何か知りたくなった。

 食事休憩中もほかの裁判員と事件の背景や被告の心情などを話題にし、帰宅後も布団の中で考えを巡らせた。量刑判断で、阿部さんは「刑は、被告を良い方向に導くためのものだと思う」と意見を述べた。益留さんも大きくうなずいた。

 最終日の午後4時半。鈴木裁判長が懲役2年、保護観察付き執行猶予4年を被告に言い渡した。益留さんは被告の目を見ながら願った。「あとはあなた次第。頑張って更生するんだぞ」

 終了後、各裁判員は家族や知人から感想を聞かれた。「貴重な体験。けど、やっぱり疲れる」と西山さん。阿部さんは、テレビで事件のニュースが流れると、妻とその背景について話し合うようになった。益留さんは、「本当の被害者や遺族を目の前にしたら、冷静な判断ができるか分からない」と不安を口にした。それでも、「一般人だから言えた意見もあった。本当に選ばれた時は、責任を持って参加したい」。

http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/fukushima/feature/fukushim1228143108002_02/news/20081201-OYT8T01004.htm