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2008年11月28日(金) 00時00分

<中>実演交え 評議3時間読売新聞

殺意はあったのか
評議室では、裁判長(右手前から2人目)を中心に裁判員と裁判官が円状に並んだ(札幌地裁で)=山本高裕撮影

 口論の末、スナックを共同経営する男性を包丁で刺したとして殺人罪に問われた被告(37)の模擬裁判で、無罪を主張する弁護側に対し、検察側は懲役15年を求刑した。法廷での審理を終え、裁判員6人と裁判官3人は、評議を行うため、札幌地裁内の専用室に向かった。 (酒井麻里子)

     ◇

 地裁2階の評議室は、硬い雰囲気の法廷とは打って変わって明るいイメージ。難しい事件でも、これなら落ち着いて議論ができそうと思いながら、円テーブルの自席に腰を下ろした。

 「では始めましょうか」。裁判長の一声で議論が始まった。

 評議のスタイルは裁判長によって様々。この日は検察側の論告に沿って事件を検証する形で進んだ。

 凶器は刃渡り約20センチの包丁。これを「逆手に持って振り下ろした」というのが検察側の主張だ。弁護側は2人がもみ合った末、誤って包丁が刺さったとする。

 医師の診断書では、傷は上から下に延びていた。そこで、裁判長が被告役、別の裁判官が被害者役になって、どうすればそのような傷ができるか実演してもらった。

 やってみると、包丁を振り下ろすのが一番自然とわかった。「逆手でなければできない傷ですね」。裁判員の1人がそう漏らした。逆手なら手に力が入りやすく、強い殺意をうかがわせる。誰もがそう思った。

 法廷での証言も重要な証拠だ。常連客は、被告が「ぶっ殺すぞ」と言って包丁を振り下ろしたと証言したが、目撃した被告の妻は、「もみ合っているうちに刺さった」と食い違っていた。

 「二つの証言で、どちらが信用できると思いますか」。裁判長の問いかけに、ある裁判員は、「妻は立場上、被告をかばいたいとの気持ちがあるのでは」と応じた。別の裁判員も「中立的な立場の常連客の方が信用できますよね」。

 しかし、「ぶっ殺すぞ」とどなったことだけで、被告に殺意があったと言えるのだろうか。悩んでいると、裁判長からこんな助言があった。「傷の深さなどから、殺意を認定することもできます」

 包丁は刃渡り約20センチに対し、心臓に達していた傷は深さ約15センチ。「これなら殺意があったと言える」。全員が納得した。

 有罪と決まれば、次は「刑の重さ」を判断する。今回の殺人事件で、懲役15年の求刑は妥当と言えるか。

 「まず、被告の悪い点を挙げてください」。裁判長がそう提案した。包丁を逆手で持って刺した可能性があり、傷は心臓にまで達していた。この段階で9人の意見は懲役13〜10年。私の意見は12年か13年だった。

 今度は被告に有利な点を挙げて再考した。計画的な犯行でないことや、前科がない程度で、結局、判決は「懲役11年」に決まった。

 評議は約3時間。もっと迷うかもしれないと心配したが、案外すんなりと結論が出たので少しホッとする思いだった。

 (つづく)

 【評議】 法廷での証拠調べの後、裁判員6人と裁判官3人が別室で、事実認定や量刑などを決める話し合い。全員一致の結論が出なければ多数決となるが、多数意見には必ず裁判官と裁判員の双方が含まれていなければならない。評議の経過などを外部に漏らすことは禁じられている。

http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/hokkaido/feature/hokkaido1227770797408_02/news/20081128-OYT8T00220.htm