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2008年11月22日(土) 00時00分

【凶刃】(下)「許さぬ機運を」 被害者が訴え読売新聞

恐怖 計り知れない

 元厚生次官宅襲撃事件は、狙われた2人の元次官がともに「年金行政」に携わっていたことなどから、行政への卑劣な暴力ではないかとの見方が広がっている。過去に国の役人として自分や家族が脅迫や危害を受けた人たちは、どのように受け止めているのか。

 1998年5月1日の朝。当時、最高検検事で後に検察トップの検事総長を務めた松尾邦弘さん(66)は自宅で、いつものように新聞を取ろうと郵便受けに手を入れたところ鋭い痛みを感じた。

 新聞とは違う、とがった何かがある——。サバイバルナイフだった。

 ナイフには、娘2人の名前とともに「危害を加える」という脅迫文が巻き付けられていた。警察が自宅周辺の巡回などを始めたが、同月末には玄関前に火炎瓶が置かれた。娘の通学の際、最寄り駅まで警察官が付き添う警備が半年続いた。

 真相がわかったのは2年後の2000年6月。前検事総長の但木敬一さん(65)宅に99年5月、ボーガンの矢を撃ち込んだとして逮捕された無職の男が、松尾さん宅の事件も自供した。動機は「司法試験に落ちた腹いせ」だった。

 検察官である以上、恨みを買うのは覚悟していた。しかし家族が危険にさらされているという不安を、2年間も抱え続けるとは思いもしなかった。

 今回の事件は、あの時の自分や家族と重なって見える。「本当に卑劣で反社会的な犯罪。仮に行政に不服があっても暴力は何の解決にもならない」。松尾さんはそう訴えた。

 元文部科学次官の小野元之さん(63)は文化庁次長だった95年秋、帰宅すると妻がおびえているのに気付いた。妻は正体不明の男の電話を受けていた。「どうなるかわからないよ」。男はそう言って電話を切ったという。

 当時はオウム真理教事件の直後。小野さんは、宗教法人の監視を強化する宗教法人法改正の責任者で、同庁にも「法改正をやめろ」と書かれた怪文書がばらまかれるなどした。

 「政策に不満があるなら意見を表明するなどして訴えるのが民主主義のルールのはず」。小野さんは「もし今回の事件が厚労行政に絡むものなら民主主義への挑戦。社会全体で絶対許さないという機運を高める必要がある」と力を込めた。

 国土交通省の元幹部(57)は約10年前、自宅で寝入っていると、「ドーン」という音とともに窓ガラスの破片が頭の上に降ってきた。家の外に時限発火装置が仕掛けられていた。

 間もなく成田空港の拡張に反対する過激派が犯行声明を出した。当時の担当は空港事業と無関係だった。

 入居4年目のマイホーム。妻は「もう住みたくない」と訴えたが、見舞いをくれた同僚への礼状に「こんなことにひるんではならない」と書いた。

 この時の犯行声明はインターネット上に流出し、今も自分の実名が載っている。犯人もまだわからない。

 元幹部は今回の事件にこう思う。「相手が誰なのか、意図は何なのか。それが見えない分、恐怖は計り知れない。それでも私は言いたい。暴力では何も曲げられないのだと」

http://www.yomiuri.co.jp/feature/20081118-5344510/fe_081122_01.htm