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2008年11月21日(金) 17時24分

「無罪発見」こそ裁判員の使命 甲山事件元被告・山田悦子さん産経新聞

 人を裁くということは、人の生死を決めること。そして裁判員の使命は「無罪発見」にあるということを忘れないでほしい。刑事裁判の鉄則は「無辜(むこ)の不処罰」(無実の人を罰しない)。これからは裁判官におまかせではなく、市民も責任を持って司法を構築していかなければならないという使命が課せられている。

 冤罪(えんざい)事件は頻繁には起こらないが、人間の歴史の中で無実の人を罰し命を奪ってきた歴史がある。間違いのないように審理することは、実際に罪を犯した人に対しても大事だ。市民が判決に手を貸した被告人がまた社会に帰ってくる。被告人を人間として救う視点で、きちんと罰則を与えることが必要になる。

 重大事件であればあるほど捜査は厳しい。逮捕された人の言うことを取調官は素直に聴いてはくれない。

 甲山事件の容疑者となった私は、当日午後8時ごろに何をやっていたか1分1秒刻みで証明することを要求され、アリバイを主張しても否定された。「同僚はこう言っている」「毎日、有罪の証拠がどんどんあがってくる」と言われ、自分の記憶だけがおかしいと追い詰められていく。

 プライドも睡眠も奪われて四面楚歌(そか)。「否認していたら刑罰が重くなるから素直に認めた方がいい」と言われ、逃げ場を失った。つぶれそうで身動きしたくて、やっていないのに自白してしまった。「やってないからやったことなど思い出せない」と、またすぐに翻したが…。

 そのころ、接見に来た弁護士が「取調官は六法全書を見せて、殺人でも死刑にならないから自白するようにと言うよ」と言った。その夜、取調官が同じことを言ったことで完全に目が覚めた。

 そんな取り調べの怖さは体験していないと分からない。この実態を裁判員になる市民に伝えるには時間が必要。冤罪事件であれば数日間の集中審理ではあまりに短い。裁判員制度は無実の被告人にとって厳しい法廷になるのではないか。

 有名な言葉である「疑わしきは罰せず」の「疑わしき」は被告人のことと思っている人が案外多い。この言葉は「被告人は疑わしいけれど話さないから罰せない」という意味ではなく、「検察官(の証拠)が疑わしいと思ったら罰してはならない」という意味。裁判員には「検察官が出した証拠は正しいのか」という視点を持って臨んでほしい。

 本来、市民が参加して無罪判決が出たら控訴できないという改革も必要だったと思う。検察官は無罪が出ると必ず控訴する。甲山事件では、無罪が確定したときには事件発生から25年がたっており、私は22歳から47歳になっていた。

 裁判員制度は、残念ながら厳罰主義の流れの中の改革であり、「無辜の不処罰」を目指すための改革ではないと感じている。それでも市民が裁判に加わり、自分たちの力で正義や自由を実現するのは大事なこと。市民には、打ち震えている冤罪の被告人の擁護者になってほしいと願う。

 ■甲山事件 昭和49年3月17日、兵庫県西宮市の障害児養護施設「甲山学園」で女子園児=当時(12)=が行方不明になり、2日後の19日には男子園児=同=も不明になった。同日夜、2人はトイレ浄化槽から水死体で発見され、保母だった山田悦子さんは4月、男子園児に対する殺人容疑で逮捕された。嫌疑不十分で不起訴となったが、検察審査会の不起訴不当の議決を経て53年2月、再び同容疑で逮捕された。1審は約7年の審理で無罪としたが、2審で破棄差し戻しに。被告側の上告を最高裁が棄却し、差し戻し1審で再び無罪、第2次控訴審でも無罪。平成11年10月、検察側の上訴権放棄手続きで無罪が確定した。

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