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2008年11月20日(木) 00時00分

【凶刃】(上)不気味な残忍さ 2件の犯人像一致読売新聞

 厚生官僚の元トップや妻が相次いで襲撃された事件をきっかけに、底知れぬ不安が社会に広がっている。目的はどこにあるのか——。これまでに判明した犯行の経緯などから、犯人像や事件の影響、そして今後の捜査の課題を展望する。

「無言で何度も刺してきた」 元次官の妻証言

山口元次官の自宅前で、現場から回収したものを調べる捜査員(19日午後0時4分、さいたま市南区で)=菅野靖撮影

 18日午後6時30分すぎ。

 新築の一戸建てが立ち並ぶ東京・中野の住宅街に、「助けて」という女性の大きな悲鳴が響きわたった。

 通りかかった男子専門学校生(27)が駆け寄ると、女性が胸から血を流して倒れ込み、背中や足からも血を流していた。目の前の家に住む元厚生事務次官、吉原健二さん(76)の妻、靖子さん(72)だった。

 「男は無言のまま、何度も刺してきた」。靖子さんは病院に搬送される途中、そう話したという。

 靖子さんは、宅配便を装った男に呼び出されて玄関を開けた直後、胸や両腕、右足などを刺され、逃げようとして、玄関を飛び出した後も、追いかけてきた男に背後から背中を切りつけられた。胸の傷は肺にまで達し、靖子さんは7時間に及ぶ手術でようやく一命を取り留めた。

 高齢の女性に執拗に刃物を振るう残虐さと、ひと言も発しようとしない犯行——。警視庁の幹部は、そこに今までの犯罪ではうかがい知れない不気味さを感じている。

 この日の朝、さいたま市南区の自宅玄関で、妻の美知子さん(61)とともに殺害されているのが見つかった元同次官山口剛彦さん(66)も刃物で何度も刺され、腹や胸だけでなく背中にも大きな傷を負っていた。


山口元次官宅前には、犯人のものと思われる足跡が残る(同日午後6時20分)

 この事件と吉原さん宅の事件が、同一人物の犯行であると裏付ける証拠は現時点では見つかっていない。

 それでも埼玉県警と警視庁が「連続テロの可能性がある」と見ているのは、現場から歩いて立ち去るといった共通点に加え、山口さん夫妻殺害の状況から見える冷酷さが、吉原さん宅の事件と重なるからだ。

 山口さんと吉原さんはともに旧厚生省の年金局長を務めるなど、現在の年金の制度設計に携わっていた。

 その年金制度を巡る記録漏れや改ざんなどの不祥事や後期高齢者医療制度に対し、この数か月、厚生労働省には苦情や批判の電話や手紙が相次ぎ、「爆破する」といった脅迫電話がかかってきたこともある。

 さらに二つの事件が起きる以前からインターネットには年金行政を批判し、厚労省や社会保険庁を「税金泥棒」などといった書き込みが殺到していた。

 「過激な思想を持つ人が増加していると肌で感じる。社会から孤立し、閉塞感や不満を募らせ、今回の事件に走ったとしても不自然ではない」。警察幹部の一人はそう推測している。

 元警察庁警備局長で「安全サポート協会」理事長の三島健二郎さんの話「経歴が似通った2人を似通った手口で狙ったことを考えると同一犯の可能性が高い。ただ、犯行声明で主義主張を訴えることもなく、かなり以前に辞めた人をなぜ襲うのかなど疑問も多い。ここでテロだと騒ぎたてることはむしろマイナスで、今、やるべきは事実関係を徹底的に調べることだろう」

http://www.yomiuri.co.jp/feature/20081118-5344510/fe_081120_01.htm