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2008年11月19日(水) 00時00分

「官僚機構へのテロ」の衝撃読売新聞


山口さん夫妻が殺害された自宅周辺で、警察犬とともに現場検証を行う警察官(18日午後2時過ぎ、さいたま市で)=青山謙太郎撮影

 17日から18日にかけ、厚生事務次官経験者の自宅が相次いで襲われた事件。2人の命が奪われ、1人が重傷を負うという最悪の結果に、警察庁幹部は「同一犯だとしたら、日本警察が経験したことのない悪質な犯罪になる」と動揺を隠さなかった。厚生労働省も警備強化のため、約20人の歴代次官や現職幹部のリストを同庁に提供した。衝撃は霞が関だけでなく、政界にも広がっている。(社会部 中村勇一郎)

霞が関、政界に動揺

 18日午後9時すぎ。東京・霞が関の警察庁に、元厚生事務次官吉原健二さん(76)の妻、靖子さん(72)が中野区の自宅で刺されて重傷を負ったという報告が伝わると、米田壮刑事局長ら退庁していた同庁幹部が次々に駆け付けた。「何としても次の事件を防がなければ」「日本の官僚機構へのテロかも知れない」——。幹部たちは一様に連続テロの可能性に言及した。

 この日の朝、同じく厚生事務次官だった山口剛彦さん(66)と、妻の美知子さん(61)が、さいたま市内の自宅で殺害されているのが見つかった。しかし目撃証言がほとんどなかったため、警察当局は、顔見知りの犯行の可能性もあるとして、吉原さんを含め歴代の厚生事務次官の自宅などは警戒していなかった。

 同庁は吉原さんの自宅も襲われたことで、刑事、警備、生活安全各局の幹部が慌てて今後の対応を協議。厚労省から、現役幹部と歴代の事務次官、社会保険庁長官、年金局長などの住所リストの提供を受け、自宅に警察官を張り付けるなど警戒を強化するよう居住地を管轄する警察本部に指示した。

 警備担当の幹部は、警備対象となる厚労省関係者の数について「手の内を見せることになる」と明かさなかったが、「最大の警戒を敷く」と話した。

 厚労省もこの日、東京・霞が関の庁舎への入館時に身分証明書の確認を徹底し、庁舎入り口や、大臣室や次官室のある10階の警備員を増員することを決めた。

 動揺は政界にも広がっている。

 厚生労働相経験者の一人は18日夜、「身の危険を感じることはよくある」と記者団に語った。そのうえで自らの事務所に見知らぬ男から2か月ほど前、「なぜ後期高齢者医療制度のようなものを導入したのか。正面から刺してやる」と脅迫の電話があったことを明らかにした。

 山口さんと吉原さんは厚生事務次官を経験しているため、過去に市販されていた幹部官僚の名簿に自宅の住所が載っており、一般でも入手可能。大臣経験者など政治家の自宅も、市販の名簿に掲載されていることが多く、不特定多数から狙われる可能性はある。

 首相官邸も二つの事件に関係する情報を、迅速に報告するよう警察庁や厚労省に指示するなどピリピリムードで、麻生首相は、渋谷区の私邸近くで行っている朝の散歩を当面取りやめることを明らかにした。

年金めぐり相次ぐ不祥事

 老後の安心を担う公的年金を巡っては、記録問題などの不祥事が相次いで明るみに出ている。

 2007年2月、社会保険庁が管理する年金記録のうち、未統合で持ち主が不明な記録が約5000万件あることがわかった。過去の年金記録をコンピューターに入力する際の作業がずさんだったことなどが原因と見られ、同年末から、すべての加入者、受給者に対して年金記録の確認を求める「ねんきん特別便」を発送することになった。

 今年に入り、厚生年金の加入記録が改ざんされ、本来受け取れる年金額が減っているという事例が相次いで発覚した。改ざんは、加入期間が短縮されていたり、月給の記録が実際より少なく記録されたりする手口。厚生労働省の調査で、保険料を払いきれない事業者に対し、社会保険事務所の職員が改ざんを働きかけたことが認められた。

 今年9月には、同省の調査で、月給の記録が改ざんされた疑いが濃厚な事例が6万9000件あることが判明。舛添厚生労働相は10月、改ざんの疑いのある記録の件数が大幅に増えるとの見通しを明らかにし、総数は100万件超となる可能性も出ている。

 記録問題以外にも、贈収賄事件などの不祥事が相次いだ。

 04年には、年金未納者への徴収作業で使う携帯用の金銭登録機の発注をめぐり、情報機器販売会社側からわいろを受け取ったとして、社保庁の地方課長が逮捕された。

 また、政治家や女優の年金加入記録を、職務とは無関係に「のぞき見」する職員が相次ぎ、05年までに関与した職員2993人と監督していた上司707人が処分された。

 06年には、全国の社会保険事務所で、国民年金保険料の納付を本人に無断で免除、猶予していたことが判明。猶予、免除件数を増やせば、保険料の納付率が上がるため職員が勝手に手続きしていた。関与した職員と上司ら計1752人が処分された。このほか、保養施設「グリーンピア」が、年金資金の無駄遣いとして批判を浴び、同年、13か所の売却が完了、管理していた特殊法人が解散した。(社会保障部 小山孝)

年金記録と不祥事などに関する年表 1985年4月基礎年金導入を柱とした年金改革法が成立 86年4月基礎年金を導入 88年10月社会保険オンラインシステムのセンターとして「社会保険業務センター」が発足 97年1月基礎年金番号を導入 2000年4月地方事務官制度の廃止により都道府県にあった地方組織が社保庁の組織に改編 04年9月金銭登録機の納入を巡る収賄容疑で社保庁の地方課長を逮捕 05年12月政治家や女優らの年金加入記録を業務外で閲覧していたとして、職員とその上司らを大量処分。前年7月の処分と合わせ3700人に 06年3月年金資金の無駄遣いとして批判をあびた全国13か所の保養施設「グリーンピア」の売却が完了し、管理していた特殊法人が解散 8月被保険者に断りなく、年金保険料の免除申請をしたなどとして職員とその上司ら計1752人を処分 07年2月該当者不明の年金記録が5000万件あることが明らかに 6月社保庁改革関連法が成立。社保庁は2010年に廃止、年金業務は日本年金機構に 9月社保庁や市区町村職員による保険料などの横領が153件、4億1200万円に及ぶことが判明 12月「ねんきん特別便」の発送開始 08年1月1957年までの厚生年金の記録約6万件が、ずさんな管理が原因で照合に使えないことが判明 9月社保庁が、公的年金記録の手書きの台帳260万件を廃棄していたことが明らかに 6万9000件の年金記録が改ざんされた疑いが強いことが判明 11月社保庁OBの埼玉県国民年金基金常務理事ら2人が、発注する物品の金額を水増しし、業者から裏金として200万円余をキックバックさせたとして、背任容疑で警視庁に逮捕される

http://www.yomiuri.co.jp/feature/20081118-5344510/fe_081119_01.htm