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2008年11月19日(水) 00時00分

温和だった夫婦  元次官殺害読売新聞

近隣住民に衝撃走る  「恨まれる人ではない」
殺人事件の発生を受け、近くの小学校では父母らが迎えに来て、下校する措置が取られた(18日午後3時すぎ、さいたま市で)=青山謙太郎撮影

 さいたま市南区別所の閑静な住宅街で、かつて厚生事務次官を務めた山口剛彦さん(66)と妻、美知子さん(61)が殺された。在任中、温和な人柄から「仏の山口」と呼ばれた夫と、書やお茶をたしなむ物静かな妻。殺害されたとみられる17日夕から18日早朝に、何があったのか。生前の2人を知る人や近隣住民は、悲惨な事件に胸を痛めている。

   ■政界大物に正論を直言

 山口さんは旧厚生省の年金課長や年金局長を歴任し、省内では「年金制度のエキスパート」と呼ばれた。年金課長だった当時、課長補佐として仕えた元宮城県知事の浅野史郎・慶大教授は「年金制度大改正を一緒にやり遂げた。山口さんがいたからこそ、出来たようなもの」と振り返り、「有能で素晴らしい、目標とする上司だった。性格も温かくて優しい人柄。恨まれるような人ではなく、非常に驚いている」と残念そうに話した。

 山口さんが事務次官に就いた96年当時の厚相は、小泉純一郎元首相。贈収賄事件で逮捕され、辞任した厚生省の岡光序治氏の後任だった。山口さんは庁舎講堂に全職員を集め、「国民の信頼を回復するために一丸となろう」と壇上から涙ながらに呼び掛けたという。

 飯島勲・元小泉首相秘書官は「岡光事件でがたがたになった厚生省を1年で立て直してくれた。介護保険制度の創設などで国会対応にも苦労したが、当時、誰もものが言えなかったほどの政界の大物にも、正論であれば直言していた。政治家が人気取りで官僚たたきをするような時代に、政治家にも反駁(はんばく)できる珍しい官僚だった」と振り返った。

 99年に退官後、福祉医療機構の理事長職を務め、今年3月に辞職。6月から全国生活協同組合連合会(さいたま市)の非常勤理事長に就任していた。

   ■書たしなみ英語も教え

 美知子さんは今年3月まで、近くの別所公民館の茶道サークルに所属。近所の60歳代の主婦は、着物姿で歩く美知子さんを何度も見かけている。「物静かで清楚(せいそ)な人。事件に巻き込まれるような人でないのに……」と言葉少なに語った。

 書道の女性講師(61)によると、5月の県展に入選した際、卵巣がんで入院していた美知子さんから「ありがとうございます。次の書道展の課題をください」と電話があった。数年前、孫が生まれた時には、毛筆で孫の名前を書き、「額に入れてプレゼントした」とうれしそうに話していたのが印象的だったという。一緒に書道を学んでいた女性(66)は「クラブで1、2位を争う腕前でした。最後に会った(10月18、19日の)文化祭では、とても元気そうにしていたのに……」と声を詰まらせた。

 美知子さんは英語も堪能。20年ほど前に自宅で中学生らに教えていた。当時の教え子だった男性(33)は「学校のテストの答え合わせなどで、間違いを細かく丁寧に教えてくれた。とても優しく分かりやすかった」と振り返る。

   ■「言葉にならない」遺族

 山口さん殺害の第一発見者で、2人の遺族にあたる男性は18日午後10時15分頃、山口さん方の隣の自宅へ帰宅した。「本当に今は言葉にならない」とだけ静かに語った。

 近くの主婦(68)は「最近、(知らないうちに)自分の庭の木が切られたり、早朝車の急発進音が聞こえたりした」と気味悪そうに語った。別の主婦(83)は「いつもと変わらない朝だったが、ニュースで事件を知り、びっくりした。静かな所なのに……」と話した。

元厚生次官宅襲撃

http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/saitama/news/20081118-OYT8T00862.htm