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2008年11月18日(火) 17時09分

オバマ「大統領」への軌跡(3) 不信と静寂、そして歓喜の涙Oh! MyLife

 この1年、私が話を聞き続けた黒人たちの中に、率直に「オバマが勝つ」と予測する人はいなかった。「勝てるかも知れない」「チャンスはある」「信じている」などなど。1番多かったのは、「分からない」だったかも知れない。

■「この国は彼を勝たせない」──不信をぬぐいきれない黒人たち

 「誰にも分からないよ。黒人の男がこんなに高い地位を争ったことは今までなかったんだから。そのこと自体が、アメリカという国を物語っている」。私の友人はそう言った。

 子供のころ、白黒TVで報道されたセルマの惨劇の映像を見て号泣していた父親の姿が忘れられないという黒人男性は、デンバーでオバマの演説を聞きながらつぶやいた。「オバマをホワイトハウスに送り込めるのは、私たち黒人じゃない。白人なんだ」

 10月に入り、金融危機を追い風にオバマがリードを広げると、静寂はさらに深まった。口にしたら最後、夢は消えてしまう、希望は摘み取られてしまうと恐れているかのようだった。

 This race is about race.

 本連載の初回に書いたように、この選挙は人種をめぐる争い、建国以来続く、権利と平等を求める黒人と、特権を守ろうとする白人の戦いの延長線上にあった。

 その過程で、人種の境界線(カラーライン)を踏み越えた黒人と、それを助けた白人は、必ず何らかの「罰」を受けた。多大な犠牲の上に、黒人がようやく何かを勝ち取ると、白人側の激しいバックラッシュが起きた。

 キングの暗殺は、その最たるものだった。リーダーを奪われた黒人たちはこの40年、「アメリカは前進しているのか、山の頂に向かっているのか」と、苦しい自問自答を繰り返してきたと言える。

 オバマは遊説の先々で何万人もの聴衆を集め、白人も黒人もラティーノもアジア系も、老若男女、誰をも惹き付けた。そんな熱狂と興奮の渦を見つめながら、私は、バージニアから来た黒人ジャーナリストに聞いたことがある。

 オバマは大統領になれるだろうか?

 熱狂的な光景から目を離さずに、彼は答えた。

 「この国はオバマを勝たせない。もちろん、間違っているのが私であればいいと願っている。でも、歴史を見れば、オバマの勝利を信じさせてくれるものは何ひとつないんだ」

 They will not let him win. I hope I'm wrong, of course. But, nothing in history points to an Obama victory. Nothing.

 その言葉は、私の胸に最後まで重く残っていた。

■目指す場所へ、今ここから

 11月4日、オバマはジョン・マケインを破り、第44代次期大統領に当選した。建国以来、アメリカを縛り続けてきた人種の壁が崩れ、最高権力の座を白人が独占してきた歴史が終わった。

 オバマは、シカゴのグラント・パークに集まった25万人を前に語りかけた。

 「アメリカはあらゆることが可能な国だということに疑いを持つ人がいるとしたら、建国の父の精神がまだ生き続けているかと疑う人がいるとしたら、我々の民主主義の力をまだ疑う人がいるとしたら、今夜が、その人たちへの答えだ」

 それは、この1年、希望に激しく心を揺さぶられながらも不信を拭い切れずにきた多くの黒人たちへの「答え」でもあった。

 「私たちはあまりに長い間、あれはできない、これもできないと言われ、可能性を疑い、シニカルになって、恐れを抱くように言われてきた。しかし今夜、この歴史的瞬間に、私たちが成し遂げたことのおかげでアメリカに変革がやってきた」

 「目の前の道のりは長く、上り坂は険しい。目指す場所には1年たっても1期たってもたどり着かないかも知れない。しかし、私は約束する。私たちは一つの国民として、必ずそこに到達すると」

 キングが「山の頂」に登り、「私は一緒に行かれないかも知れないが、私たちはいつか約束の地にたどりつく」と告げてから40年。奴隷として連れて来られ、長く社会の最下層に押し込められてきた黒人にとって、この勝利は、オバマという1人の「登山者」の成功ではなく、民族が登って来た道のりの勝利を意味した。

 もちろん、これで構造的な差別や人種偏見が消えてなくなるわけではない。しかし、バトンは確実に新しいリーダーに渡った。

 「何年かかっても、この日が来るとは思えなかった。It's a new day!」
 「アメリカ人であることをこれほど誇りに思ったことはない。すべての苦しみと犠牲が報われた」

 この日、歴史は大きな溜め息をつき、ブラックアメリカは400年分の涙であふれた。

(記者:佐藤 美玲)

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