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2008年11月18日(火) 17時09分

オバマ「大統領」への軌跡(2) 「歴史の再臨を見ている」との声Oh! MyLife

 アイオワから約2週間後の1月21日は、キングの誕生日にちなんだ祝日だった。ロサンゼルスの南、最も黒人人口が集中するサウス・セントラル地区では、毎年1月第3月曜のこの祝日を、誇りを込めて「キングダム・デー」(王国の日)と呼ぶ。

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 合い言葉は Make it a day on, not a day off. 単なる「休日」ではなく、キングの遺志を継いで「働く日」という意味だ。

 小雨の中、恒例のパレードが行われ、キングの名がついた大通りを3000人が行進した。教会のマーチングバンド、スティービー・ワンダーに続いて、オバマの選挙事務所スタッフと支持者たちが現れると、沿道の歓声はひと際大きくなった。

 陣営はこの日、「オバマこそキングの夢の結晶だ」とアピールすべく、準備していた。早朝からスタッフが見物客にビラを配り、屋台の行列を回って支援を呼びかけた。雨が上がり、パレードが終わる頃、街はオバマのステッカーを胸につけた人でいっぱいになった。

 キング・ブールバードの交差点に止まった車のスピーカーから、ジェームズ・ブラウンが流れ出した。Say it loud. I'm black and I'm proud. 沿道で誰かが、オバマのTシャツを突き上げて、声を合わせた。

 He's black and I'm proud! 群衆が揺れた。山が動き始めた──。私がそう感じた瞬間だった。

■45年目のアラバマ

 長い予備選が終わり、オバマが黒人初の大統領候補となって数週間後の6月末、私は、深南部アラバマ州の小さな町セルマを訪れた。

 州都モントゴメリーから西へ約50マイル。60年代の公民権運動の最中、黒人に投票権を行使させまいとする白人抵抗勢力の中心地だった。

 投票しようとする黒人は脅迫され、「石けん1個に泡が幾つあるか」「貝殻の中に砂は何粒入っているか」といった馬鹿げた質問に答えられなかったという理由などで、有権者登録の申請を却下された。

 1964年に、人種などによる差別を撤廃した公民権法が成立した後でさえ、セルマのあるダラス郡では登録できた黒人はわずか2%。隣接するロウンズ郡ではゼロだった。

 これに抗議した黒人指導者たちは、1965年3月7日、セルマから州都へ行進を開始した。市街地を抜けて国道へ向かうエドモンド・ペッタス橋を渡りかけた500人の群衆は、待ち受けていたアラバマ州警察に催涙ガスの攻撃を受け、馬で蹴散らされて押し返された。「血の日曜日」と呼ばれた惨劇は全米に報道され、非難を浴びた。

 後日、連邦軍の護衛の下、キングら2万人以上が5日間かけてモントゴメリーの州議事堂へ行進。これに押されたジョンソン政権は、ようやく黒人の投票権剥奪を禁じる投票権法を成立させたのだった。

 ペッタス橋のたもとにある「国立投票権博物館」は、行進に参加した人々の犠牲と歴史的意義を記録している。博物館の案内書には長らく、有権者登録を促す活動に使われたこんな文言が刷り込まれてきた。

 「綿花を摘んだこの手が今、議員を選べる」(Hands that picked cotton now can pick our public officials)

 私が訪れた時、「議員」の部分は、「大統領」に書き換えられていた。

 8月27日、デンバーで開かれた民主党全国大会の3日目。各州の代議員投票が行われ、全会一致でオバマの指名が正式に決まった。アルファベット順の偶然とはいえ、アラバマが全50州の中で最初に票を投じたことに、私は歴史の巡り会わせを感じずにいられなかった。

 「アラバマに生まれ育った黒人として、今日この1票を投じられたことを誇りに思う」

 代議員の黒人女性はそう言うと、後は言葉にならず、椅子に崩れ落ちた。

 巡り会わせは重なった。オバマの指名受諾演説は翌8月28日。モントゴメリーに縁の深いキングが「私には夢がある」(I have a dream)の演説を行ったのは、45年前の同じ日だった。

■“スナップショット”だった希望の声

 「アラバマでは、あの演説は毎日町のどこかで聞こえている。私たちは今、歴史の『再臨』を見ている」

 アラバマ州バーミングハム近郊から来た黒人女性はこう言って、身を震わせた。

 党大会期間中、歴史的な瞬間に喜びを爆発させる黒人たちの姿をカメラは集中的に捉え、彼らの「希望の声」がメディアで紹介された。

 しかし、こうした発言は、爆発した一瞬の「スナップショット」に過ぎなかった。黒人たちの声に耳を傾ければ傾けるほど、私に感じられたのは、何かを押し殺したような「静けさ」だったのだ。

(記者:佐藤 美玲)

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