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2008年11月18日(火) 17時09分

オバマ「大統領」への軌跡(1) 何かが起こった1月Oh! MyLife

■ドキュメンタリーで知った「言葉の力」

 黒人解放運動指導者マーティン・ルーサー・キングが残した印象的なスピーチがある。1968年4月3日夜、テネシー州メンフィスの黒人労働者のストライキ集会で行った「私はその山の頂に登った」(I've been to the mountaintop.)だ。黒人の尊厳と人種の融和を訴え、アメリカの理想を喚起する演説はこう始まる。

 「メンフィスで今、何かが起きている」(Something is happening in Memphis)。「大衆が今、立ち上がろうとしている。アメリカをあるべき姿にするため、独立宣言と憲法に刻まれた民主主義を呼び起こすため、私たちは結束して前に進まなければならない」

 キングは演説の最後に、迫害されたイスラエル人を連れてエジプトを脱出したモーゼに自身を重ねた。

 「前途は多難だ。しかし、私はもう何も恐れない。長生きしなくてもいい。なぜなら私は、神の導きで山の頂に登ったから。約束の地を目にしたから。私はそこに皆と一緒には行かれないかも知れない。しかし知っておいてほしい。私たちが人間として共に約束の地に到達しようとしていることを」

 キングはその演説の翌日、白人に暗殺されたのだった。

 「勝利を見すえて」(原題「Eyes on the Prize」)というドキュメンタリーでこの演説を初めて聞いた時、東京の高校生だった私は、人種も国籍も時空も超えて、出会うことすらない人々を結び、突き動かす「言葉の力」を知った。黒人研究をライフワークにしようと決めたのは、この時だった。

■ターニングポイントだった、1月3日アイオワ

 この1年、アメリカの黒人の多くは、バラク・オバマの戦いを、キングの残像を通して見つめてきた。そんな彼らを、私は取材してきた。

 47歳のオバマは、キングが闘った公民権運動を直接知らない世代だ。自分のことをモーゼの後継者ジョシュアに重ねる。

 本命候補では決してなかったオバマにとって、ターニングポイントは1月3日のアイオワ党員集会だった。人口の98%を白人が占める中西部州で、黒人候補が勝ったのは衝撃的だった。

 「この日は決して来ないと彼らは言い続けた。この国は分裂しすぎていると」。

 アイオワの勝利演説で、オバマは言った。

 「私たちは今夜、この歴史的瞬間に、彼らが無理だと言ったことを成し遂げた。変革の時がきた。何年も経った後、この瞬間がすべての始まりだったのだと、今夜この場所で私たちを長い間分断してきた壁が崩れ、アメリカは希望の意味を思い出したのだと、私たちは誇りを持って振り返ることができるだろう」

 私はこの演説を、ロサンゼルスのオバマ選対本部で聞いていた。事務所を埋めた支持者の最前列で、車椅子の白人女性が涙を流していた。隅で見つめていた黒人議員は、私に、「アメリカが民主主義の実現に1歩近づいたしるしだ」とつぶやいた。

 翌朝、事務所にボランティア登録に来た黒人男性は、「魂を揺さぶられた。白人が黒人に投票するはずがないと思っていたから」と話した。

(記者:佐藤 美玲)

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