記事登録
2008年11月06日(木) 00時52分

米大統領選に寄せて「身すくむほど未知の人物」   産経新聞

 バラク・オバマ氏の大統領当選が決まった11月4日は間違いなく米国の歴史の大きな転換点となろう。米国民の多数派はこの日、かつてなく大胆で未知の変革への道を選んだ。近年の米国にとって、国の針路を左右する最大の事象が起きた歴史的な日は米中枢同時テロ(9・11)だといえるが、この11・4はまったく別な意味でさらに大きな歴史の重みを持つこととなろう。

 オバマ氏は計2年近くの長く厳しい2つの選挙戦をみごとに勝ち抜いた。その過酷さから「ボクシングをしながらのマラソン」とも評される予備選では、同じ民主党の強敵ヒラリー・クリントン候補に挑戦し、当初の予測を覆して党指名の栄誉を勝ち取った。本番では戦争ヒーローの共和党ジョン・マケイン氏と対決し、9月半ばには支持率で差をつけられながらも逆転し、圧勝した。候補者も有権者も、あまりに長く険しい道程をこれでもか、これでもか、と闘い続ける自虐のようなプロセスも、当事者からすれば世界に誇るアメリカ民主主義の実践なのだろう。

 オバマ氏の天賦の弁舌の才はヒラリー氏との争いでは、対決調の同氏の言動とコントラストを描く融和や癒しの語りかけで効果を発揮した。マケイン氏には、自他の立場の差異を鮮明にする鋭い語調で同氏の弱点の経済や金融の課題をぶつけ、相手のイメージをブッシュ政権と重複させた。

 どんな非難や攻撃にも冷静さを失わず、明解な口調で応じるオバマ氏の挙措(きょそ)は、マケイン支持の政治評論家チャールズ・クラウトハマー氏に「すぐ背後で手投げ弾が爆発してもあわてない」と評させたほどだった。パフォーマンスという域を超え、カリスマと呼んでよい資質だろう。民主党傾斜の大手メディアの記者たちが「陶酔」と皮肉られるほどの強い支持をにじませるオバマ報道をした一因も、そのへんにあったといえる。

 47歳という年齢よりもさらに若さを感じさせる容貌(ようぼう)や身のこなしもあって、オバマ氏は若者たちをも燃えたたせた。全米各地の大学新聞のマケイン氏との支持表明の比は、なんと63対1だったという。選挙の戦い方も若い世代の支持を反映して、インターネットへの依存が高く、公的資金を一切、辞退するほど巨額に集まった選挙寄付も大部分がネット経由だった。

 しかし一般米国民のオバマ氏への支持を決定的に高めたのは、9月半ばから津波のように米国を襲った金融危機だといえる。それまでの選挙戦では対テロ戦争でもイラク民主化でもマケイン氏に押されて守勢に立ちがちだったオバマ氏は、金融危機で共和党ブッシュ政権の政策をマケイン氏のそれと重ねて「原因」だと非難し、同氏が経済政策が苦手だという点をも強調して、逆転を果たした。

 オバマ氏にとってさらに幸運だったのは、米国自体が経済、政治、世代の三大領域でそれぞれ時代の区切りを迎えていたことだろう。経済面では1983年からの長期継続繁栄がついに曲がり角に達していた。政治面では80年からの保守主義支配が一つの終盤を迎えていた。そして世代面では戦後のベビーブーマー世代が一斉に引退の時期を迎えた。ブッシュ現大統領もクリントン前大統領もその世代である。そんな客観状況がオバマ氏の「変革」のスローガンを一段と輝かせる結果となった。

 しかしバラク・フセイン・オバマとはどんな人物なのか。どんな政策を信奉し、実践するのか。こうした問いへの答えを考えると、思わず身のすくむほど未知の部分が多いことに気づく。2004年夏の民主党大会で、イリノイ州議会議員として当時の大統領候補のジョン・ケリー氏の指名演説をするまではまったくの無名だったオバマ氏の政治志向を知るには、3年ほどの連邦議会上院議員としての軌跡が最大の指針となる。

 その上院での投票歴などにみる政治傾向として、オバマ氏は100人の議員のうち「最もリベラル」と判定された。政府の民間統制や大幅支出を優先する「大きな政府」策推進の最左派ということである。社会問題では妊娠中絶や同性愛に寛容となる。安全保障では反軍事、反ミサイル防衛、反核の傾向となり、経済では保護貿易主義や反外国投資に傾き、原子力発電所や米国沿岸での石油開発に難色を示す。外交面でも同盟よりは国際機構の重視、無法国家を相手にしてもまず話し合いの美徳を強調する。

 こうした過激リベラルの政治スタンスは、オバマ氏自身とテロ組織の元指導者ビル・エアーズ夫妻や、反白人キリスト教会のジェレマイア・ライト牧師、パレスチナ過激派幹部、有権者不正登録の活動組織、過激反戦組織などとの密接なつながりとも合致していた。大手メディアはこうした暗い側面を追うことがほとんどなかった。

 しかしオバマ氏は大統領選では民主党最左派、過激リベラル派の主張を引っ込め、ぼかし、穏健派カラーをもっぱら前面に出していた。それでも選挙での支持陣営には反戦組織のMOVEONなど過激な団体が加わっていた。オバマ氏にはこのように現在の表面でのレトリックと過去の水面下での現実の言動とにギャップがあり、同氏が真に信じるところの実体をつかむことを難しくしている。

 ただし高所得層への課税強化による「所得の再配分」は大統領の政策として明言しており、共和党側からは「社会主義的」と批判されている。資本主義による市場経済が単に保守思想ではなく、米国の価値体系として確立されてきた現実をみると、オバマ氏の思想には米国の超党派の伝統政策ともぶつかりあう部分があるようにもみえてくる。だからこそ未知なのだ。

 日本に関連してもオバマ氏は外交論文でほとんど言及せず、東アジアの安全保障も対日同盟ではなく地域の国際的枠組みを優先して強調していた。同氏は最近のブッシュ政権による北朝鮮の「テロ支援国家」指定解除に「適切な対応」として賛同した。日本にとっては自主自立の方向に顔を向けざるを得ないような動きだった。

 (ワシントン駐在編集特別委員)

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081106-00000504-san-int