そこは新宿の一等地。長年お世話になっている編集さんが、いい店があるよ、とのことで連れていってもらったのが、「カフェ アルル」だった。ビルやデパートが立ち並ぶ、賑やかな地区の一角に、ほっこりと灯りがともる昔ながらのカフェ。居心地の良さは、入る前からわかった。編集さんはこの近所に住んでおり、よく仕事帰りに食事に寄るのだそう。猫好きだが残念ながらアレルギー持ちで飼えない彼は、看板猫のゴエモンくんに会うのが楽しみになっているようだった。
後日、取材に訪れたわたし達を迎えてくれたのは、驚くほどお目目の奇麗な猫ちゃんだった。よく猫の瞳は宝石に例えられるが、まさにゴエモンくんの瞳はエメラルドそのもの。天然石には、ひとつとして全く同じ色というものが存在しないように、猫の瞳の色も実にさまざまである。なかでもゴエモンくんは美しすぎて、一瞬エメラルドの瞳を持つ美女がそこにいるのかと錯覚してしまったほど。そんなゴエモンくんは、大好きなマスターに撫でられると、頭を預けて気持ちよさそうに目を閉じた。
あまりの美猫ぶりに、カメラマン鈴木氏は張りきって撮影に取りかかった。結果、「瞳の美しさがそのまま伝わる大きな写真」を本誌に掲載することが出来た。大満足なわたし達。
マスターは、コーヒーだけでなく、アートにも精通した文化人。ご本人も素敵な絵を描く。
わたしはマスターの絵がとても好きだ。店内の壁には、フジタをはじめとした名画が所狭しと並べられ、マスターのお気に入りモチーフであるピエロの置き物が、棚という棚を溢れんばかりに占領している。マスターが選んだだけあって、素晴らしいものばかり。どの絵画もピエロも存在感満点だ。
一方、深い赤のビロード張りの椅子にちょこんと座ったゴエモンくん。撮影のあいだ、マスターばかり見ていたが(笑)、おりこうにしていてくれた。ふと、彼は、どんな芸術作品よりも、マスターに愛されているのがわかるのだろう、と考えた。彼を見ていると、一流の絵画がまるでゴエモンくんの背景になるためにそこにあるかのように見えてくるのだ。彼の美しい瞳の前では、どんなアートもかなわない、ということか。そこにマスターの「愛情」という栄養が加わり、アーティスティックで高貴な猫として、溌剌と店内に君臨している。高貴でありながら、マスターやスタッフに甘えることも忘れない。そんな可愛いゴエモンくんのファンは多い。もちろんわたしも。
アートを愛する猫好きは多い、と聞く。アートが好きだから猫が好きなのか、猫が好きだからアートが好きなのか、どちらが先かはわからないが、確かに多い。それも独特の審美眼を持った才人ばかり。猫は形が定まらない。人間のように、直立不動はできないし、犬のように、決まった形のおすわりは無いし。逆に言えば、どんな格好も猫の定番ポーズになりえるし、どんなポーズも美しい。猫をデッサンしたことがある人ならわかると思うが、表現が本当に難しい。そんな猫たちを見ているとアートな気分が何故かムクムクと沸いてくるのだ。猫を描く作家は、猫を表現しながらもそこに何かを込めるのだろう。なぜかというと、猫を前にすると、聞こえてくる気がするからだ。
「あなたが何を考えているかわかってしまったよ。」と。
この秋は、猫の絵を描いてみてはいかが?あなたの知られざる一面を引き出して見せてくれるかも知れない。
カフェ アルル 場所 東京都新宿区新宿5-10-8 第三東邦ビル1F TEL:03-3356-0003