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2008年11月04日(火) 00時00分

韓国ネット、中傷の嵐読売新聞

 韓国の人気女優、崔真実さん(39)がインターネット上での中傷を苦にして自殺した事件を受け、韓国で悪質な書き込みを規制する動きが本格化している。

 与党ハンナラ党はネット上の中傷を処罰する「サイバー名誉棄損罪」を新設する刑法改正案などを国会に提出した。これに対し、「表現の自由」が侵害されるとの懸念もあり、規制強化は韓国社会を巻き込んだ論争に発展している。(ソウル支局 前田泰広)

サイバー名誉棄損・侮辱罪、懲役9年

 ハンナラ党の張倫碩議員ら23人は10月30日、ネット上での中傷を処罰する「サイバー名誉棄損罪」と「サイバー侮辱罪」を新設する刑法改正案を国会に提出した。ネット上で虚偽事実を流し他人の名誉を傷つけた場合の懲役刑を「9年以下」とし、「5年以下」とする現行の名誉棄損罪より重くした。

 張議員は、「ネット上の情報は多くの人に急速に広がるため、被害が一般の侮辱行為より大きい」と説明し、ネットに特化した処罰規定の必要性を訴えている。民間放送局「CBS」が10月7〜8日に行った世論調査では、規定新設に54・9%が賛成している。

 また、同党は11月3日に提出した情報通信網利用促進法の改正案で、サイト運営者に、悪質な書き込みで被害を受けたとの申告があれば閲覧できないように「24時間以内に臨時措置を取る」ことを明記した。

トップ女優の自殺が衝撃

 改正案提出の背景にあるのが崔さんの自殺だ。10月2日朝、ソウル市内の自宅浴室で首をつって死亡しているところを家族に発見された。9月8日には、男性タレントが練炭を使って自殺したばかりだった。ネット上では「崔さんが高利貸しをし、男性に多額の金を貸していた」とする根拠のないうわさが広がり、崔さんは「男性を自殺に追い込んだ」などと攻撃されていた。警察当局はこれが自殺の動機になったとみている。「妖精」と称される国民的人気女優だった崔さんの自殺は、韓国社会に大きな衝撃を与え、悪質な書き込みがクローズアップされた。

ネット普及率73%

 ネット普及率が世界上位の73・8%に達する韓国では、これまでも悪質な書き込みが問題になっていた。

 07年1〜2月、ネット上で整形疑惑が取りざたされた女性歌手ら2人が相次いで自殺。総合格闘技「K—1」選手のチェ・ホンマンさんも08年10月、自身のホームページで「死にたい」と打ち明けた。チェさんは兵役を免除されたことなどに関連し、「引退しろ」などとネット上で攻撃されていたという。

 05年には地下鉄車内で犬がフンをしている写真がネット上に流れ、飼い主の女性の名前や住所、電話番号が暴かれた。女性は「指をへし折ってやる」との脅迫まで受けた。

 1日平均30万人以上が利用するポータルサイトの運営者は、全国民に割り当てられた住民登録番号などを通じて、書き込みをする人の身元確認を情報通信網利用促進法で義務づけられている。大統領直属の「放送通信委員会」は、10万人以上が利用するサイト運営者にまで適用範囲を拡大する方針を示している。実現すれば利用者の74・5%が身元確認の対象となり、現在の51・5%から大幅に増える。

 こうした規制強化の動きに「権力に対する批判まで封じ込めてしまう」との批判もあり、野党民主党は「ネット利用者に対する宣戦布告だ」と猛反発している。国会議長直属の調査機関「国会立法調査処」は、「中傷はネット専門メディアの記事で広がる場合が多い」として、「書き込みだけに制裁を科しても根本的な解決方法とみることは難しい」と懐疑的だ。改正法などが成立しても、取り締まり強化に必要な捜査員の増員なども具体化しておらず、実効性がどこまで確保できるかも不透明だ。

日本でも学校裏サイト深刻

 国内でもインターネット上で個人が集中攻撃されるケースは後を絶たない。警察庁によると、全国の警察本部に昨年、寄せられたネット上での中傷に関する相談は過去最高の8871件に上った。

 特に被害が深刻なのは、在校生らが学校の名前をタイトルに設置した「学校裏サイト」。文部科学省が今年1〜3月に実施した調査では、全国で計3万8260件に上ることが確認され、多くのサイトに「キモイ」、「うざい」などの言葉が含まれていた。

 個人のホームページが狙われることもあり、今年5月に自宅で首つり自殺した北九州市小倉北区の私立高校1年の女子生徒(16)のブログには、同級生から「死ね」、「むかつく」などと書き込まれていた。

 自民党の青少年特別委員会は学校裏サイトなどの有害情報の削除を業者に義務づける案を打ち出したが、表現の自由との兼ね合いから見送られ、有害かどうかの判断は業界の自主規制に委ねられている。

 全国webカウンセリング協議会の安川雅史理事長は「日本でも書き込みの実名制導入や、書き込んだ人の責任を追及する制度など国としての対策を検討すべき時期だ」と指摘している。(社会部 中村勇一郎)

http://www.yomiuri.co.jp/net/feature/20081104nt0e.htm