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2008年11月01日(土) 18時27分

口利きリスト600件 行員も逮捕、ワルの財布と化した新銀行東京の「闇」産経新聞

 1400億円もの都税を投入して経営再建中の新銀行東京(東京都新宿区)は“ワルの財布”と化してしまっていたのか。デタラメの決算書でブローカーが融資約5000万円をだましとった事件にはなんと当時の行員が協力していた。それだけではない。巷には政治家の口利きがあった融資案件リストが出回っているのだ。緩やかな審査で融資される同行のシステムは「貸し渋り」の反省に立ったものだが、「闇勢力に食われるリスクがある」という当初からの危惧が的中してしまった。警視庁の捜査が進むにつれ、巨額公金を投入してまでこの銀行を救う意味があるのかと疑念は強まる一方なのである。

 ■都議、国会議員…口利き融資案件600件

 《新銀行 口利き案件リスト》

 A4版の用紙10枚に約600件の融資案件がずらり。その冒頭にこうタイトルが付された文書が関係者の間に出回っている。

 それぞれの融資案件には現職、元職の与野党都議を中心に、衆院議員、参院議員、都職員ら「融資の実行を要請した依頼者」の実名約130人が並んでいる。

 このリストの作者やその信憑性は不明だ。

 だが、単に「怪文書だ」と捨て置くことができない説得力を持っていることも事実なのだ。

 新銀行東京の元行員はこう証言するのだ。

 「実際に口利きが横行していたのは公然の事実です」

 同行の周辺を調べる捜査関係者もこう明かすのである。

 「ブローカーが政治家に接触し、政治家が口利きをして融資を引き出したケースも確認されている」

 なぜこのような口利きが横行したのだろうか。それはもともとこの銀行の立脚基盤が強い政治性を帯びていたからだ。

 銀行設立を主導したのは石原慎太郎都知事である。

 バブル崩壊後の処理を通じ、中小企業に対する金融機関の「貸し渋り」や「貸し剥がし」が大問題となった。資金繰りに苦しむ中小企業を支援しようと、石原知事が2期目に向けた選挙公約に設立を盛り込んだのが端緒である。同行が「石原銀行」とさえ呼ばれるゆえんだ。

 ■スタート時期の「誤り」

 都が1000億円、複数の民間企業も百数十億円を出資し、外資系信託銀行を買収する形で17年4月にスタートを切った新銀行東京は、経営トップの代表執行役員にトヨタ自動車の仁司(にし)泰正氏を据えた。

 都が発表した「新銀行マスタープラン」には開業3年後の姿として、こんな目標が掲げられた。

 〈総資産1兆6000億円の地銀中位クラス〉

 〈54億円の黒字〉

 〈融資・保証残高9300億円〉

 「中小企業の救世主」と歓迎する声も多かったが、実際はスタート時点から同行の見通しは誤っていた。

 「新銀行東京の構想は『貸し渋り』の時期だったが、実際に業務を開始した時期には、不良債権処理を一段落させた大手行が中小企業への融資を増やしており、競合する立場にいた。そのような環境下で素人の銀行が勝てるわけがない。マスタープランなど役所が机上で描いた夢物語だと笑われていた」(金融業界関係者)

 新銀行内部もそれを察知したのだろう。焦りがあった。

 ■ボーナス200万円の激烈な副作用が“ワル”を呼んだ

 「(融資先の)1割が焦げ付いても9割は喜んでいる。どんどん貸せ!」

 開業からちょうど半年が経過した17年秋。当時本社のあった東京・大手町のビルの一室で、マスタープランの目標達成に向けて仁司氏が行員に大号令をかけていた。

 新銀行の最大の武器は、無担保・無保証のスピード融資。

 そのために導入されたのが、企業の財務データをコンピューターに入力して自動的に審査の可否を決める「スコアリングモデル」と呼ばれる方式だった。

 金融機関の融資は通常、財務データや経営方針、将来設計のほか、経営者の人柄などを総合的に見極めて判断される。融資担当者が「目利き」や「職人芸」を発揮し、貸し倒れのリスクを低くするわけである。

 だが、融資拡大路線をひた走った新銀行は「銀行業の基本」を捨てた。

 「できれば支店の融資上限額の5000万円まで貸し付けろ!」

 「『目利き』に『職人芸』なんていう言葉は使うんじゃない!」

 そんな指示は日常的になりつつ、行員には「アメ」も用意された。融資額に応じた成果報酬制度である。

 例えば、融資上限額を貸し付け、半年以内にデフォルト(債務不履行)が生じなければ、担当者に年間最大で200万円のボーナスが支給された。

 行員の意欲をかき立てる一方で、劇的な副作用も予想された。「貸し付けて半年以上もてばいい。あとは知らん」という解釈をも生み出す副作用だ。

 仁司氏のワンマン体制が続いた19年5月までの2年余、「返済が滞ってもまともに回収しないという状態」(元行員)が蔓延した。その結果、新銀行は今年3月末時点で融資先2300社以上が破綻、総額約285億円が回収不能という惨状に直面した。行内にモラル・ハザードが蔓延したであろうことは想像に難くない。

 当然、都議会などチェック役は新銀行の「閉店」を要求した。が、石原知事は「黙って結果を見て下さい」と立て直しにこだわり続け、3月、都税400億円の追加出資案が都議会で可決された。そうした攻防が繰り返される水面下で、新銀行のモラル・ハザードと増幅し合うように、“ワル”たちの間では新銀行東京の情報が駆けめぐっていた。

 「書類を出すだけで最大5000万円も引き出せるぞ」

 ■行員も関与し…やはり食い物にされていた

 新銀行東京は審査の緩さを逆手に取られて金融ブローカーや犯罪グループに食い物にされる恐れはないか。当初からそういう危惧は指摘されていたが、「まさか」という楽観論もあった。が、警視庁捜査2課が10月27日にブローカーや元行員ら8人を詐欺容疑で逮捕した事件は、「まさか」という楽観論を粉々に打ち砕いた。

 警視庁が逮捕したのは同行池袋出張所の元営業担当行員、青木千代美(56)▽融資先の給排水設備会社「リフレックス」社長、諸隈寛(49)▽同社関連会社「アシストプラン」社長、寺口士文(32)▽同社会長で指定暴力団住吉会系元組員、大丸正志(46)▽ブローカー、渡部善和(49)−ら8容疑者。

 リフレックス社に営業実態がなく融資の返済能力がないにもかかわらず、青木容疑者らは17年10月期の売上高を約3倍に水増しした虚偽の決算書などを新銀行東京池袋出張所に出し、融資約5000万円を実行させて詐取した疑い−が逮捕容疑だ。

 融資実績がほしい行員。運転資金を簡単に手に入れたい企業。手数料を稼ぎたいブローカー。この事件があぶり出したのは、緩い審査をいいことに新銀行が「財布」にされた構図だといっていい。まさに危惧は的中したのだ。

 青木容疑者は18年1月に新銀行に入り、同年4月に池袋出張所に配属された。

 その直後、以前から知り合いだったブローカーの渡部容疑者の紹介で、都内の会社に約500万円の融資を実行し、融資金の6%の30万円を手数料として受け取った。融資先から手数料を得ることは社内規則で禁止されており、当初から“不良行員”だったことがうかがえる。

 もちろんこの事件は氷山の一角。

 警視庁は捜査を通じ、新銀行の融資に関与したブローカーが少なくとも10人ほどいたことを把握しているというのだ。

 ブローカーたちは資金繰りに窮した中小企業オーナーに接近し、「手間がかからず融資を受けられる」などと持ちかけ、融資が実行されると手数料を要求。最多で融資額の2割近くを受け取ったブローカーもいて、こうした金の一部は暴力団に流れた疑いもあるという。

 また銀行の内部調査によれば、決算書の粉飾や改ざん、詐欺の疑いがある案件が35件程度も確認されている。

 「まともな金融機関とはいえない“死に体”に、ハイエナが群がった状態」

 捜査関係者の一人は、こう揶揄している。

 ■捜査は口利き疑惑にも関心

 話を冒頭の「口利きリスト」に戻す。

 口利き行為そのものが即座に違法行為であるということはない。

 「自分の選挙区の困っている中小企業者から、せっかく無担保で貸してくれる会社ができたんだから、ぜひ取り次いでくれって、それ議員の責任でするのが当然でね」(石原知事)

 しかし第三者の口利きは「利権」につながりやすい。「口利き融資が横行する銀行風土は、ブローカーや闇勢力を引き寄せる土壌にもなっている」(捜査関係者)とみるべきだろう。

 もうひとつ、看過できない事実がある。

 政治資金収支報告書によれば、少なくとも新銀行の取引先企業8社が、自民、民主の政党支部に献金していたのである。

 仮に融資に際し、口利きの見返りで献金がなされていたらどうであろう。新銀行東京には都が出資しているわけだから、税金が政治家側の懐に還流したといえなくもないのだ。

 「私は銀行の業務なんて知りませんし、そういう専門家を集めたつもりだったが、非常にずさんな経営でとんでもないことになってしまった」

 元行員らが逮捕された翌日の10月28日、石原知事はこう語った。が、その姿勢に疑問は多い。

 「そもそも新銀行を融資拡大路線に導いたのは都だ。その監督責任はどうなったのか」(金融関係者)

 だが、この事件はあくまで「第1幕」との見方が濃厚。警視庁など捜査当局は一連の口利き疑惑にも関心を抱いており、いずれ事件の「第2幕」「第3幕」も予想されるのだ。

 新銀行東京の明かされない闇はまだまだ深い。

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