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2008年11月01日(土) 08時02分

検証 解散先送り、首相は転じた 党は空中分解する/とにかく今は景気だ産経新聞

 ■10月16日夜 菅選対副委員長ら必死の説得

 麻生太郎首相は10月30日の解散を見送り、11月30日投開票の衆院選は幻となった。なぜ首相は解散を思いとどまったのか。舞台裏を検証した。

                   ◇

 首相、麻生太郎が追加経済対策を発表する前日の29日朝、麻生の携帯電話が鳴った。電話の主は元首相、森喜朗だった。

 「今からソウルに行き、李明博大統領と会談するのだが、何か伝言はありませんか…」

 麻生は森の「本当の用件」を見透かしたかのようにこう語り始めた。

 「どこの世論調査でも自民党支持者は『選挙よりも政策だ』が圧倒的だ。公明党支持者も民主党支持者も同じです。『こんな時に選挙をやるんですか?』。これが国民の声ですよ」

 麻生の言葉に解散先送りを確信した森はこうアドバイスした。

 「小沢(一郎民主党代表)さんは『国会を30日間休むだけじゃないか』と言っているが、解散すれば政治空白は1カ月どころじゃ済まないよ」

 麻生は「そうですよ!」と同調し、丁重に礼を述べ、電話を切った。

 森は胸をなで下ろした。米国発の金融危機を受け、自民党への風当たりが強くなっていることを肌で感じていたからだ。少し前に前首相の福田康夫と会い、「すぐに解散してしまったら、どうして自分が辞めたのか分からないよ」と嘆くのを聞いていただけになおさらだった。

 30日夜、森はソウル市内のホテルで、麻生の記者会見中継を見て解散の封印を確認すると目を細めた。

 「堂々としておる。指導者は国民に安心感を与え、『この人なら任せてもいい』と思ってもらえるかが大事だ。そういう意味で非常によい会見だったのではないかな…」

                  ◆◇◆

 「選挙の顔」として自民党総裁に就任し、早期解散を模索してきた麻生が慎重論に大きく傾いたのは16日夜だった。

 都内のホテルで麻生を囲んだのは、党選対副委員長の菅義偉、財務相の中川昭一、行革担当相の甘利明の3人。麻生総裁誕生の立役者であり、頭文字を取って「NASAの会」と言われるメンバーだが、この日の表情は一様に厳しかった。

 麻生「追加経済対策のメニューをズラッと示し、信を問えばいいじゃないか」

 菅「民主党はもっとすごいメニューを出して対抗するに決まっている。そもそも自民党支持層の大半は解散を望んでいない」

 甘利「政権を失えば自民党は空中分解する。勝てる確信がないなら一日でも長くやるべきだ」

 中川「とにかく今は景気だ。しっかり経済対策を実行に移さなければ日本はおしまいだ。解散すれば国民の期待を裏切ることになる」

 菅らの必死の説得で麻生は次第に黙り込んだ。約2時間後、麻生は3人にこう漏らした。

 「う〜ん、悩むな…」

 実はこの直前まで麻生は11月18日公示、11月30日投開票で衆院選に踏み切る考えを固めていた。自民党が9月下旬に行った世論調査は自民、公明両党を合わせてかろうじて過半数だったが、選挙戦を通じて挽回(ばんかい)できると踏んだのだ。

 10月9日に麻生からこの構想を聞いた菅は「いま解散すれば大敗しかねない」と必死に止めたが、麻生は聞く耳を持たず、翌10日夜には都内のホテルで自民党幹事長の細田博之と密会し、選挙準備を指示した。

 翌週にはこのうわさが漏れ伝わり、自民党は選挙モード一色となった。「このまま10月下旬に突入すればもう流れは止まらない」。そう考えた菅は16日を最後の説得のチャンスと踏んだのだ。

 16日を過ぎると麻生は次第に慎重姿勢に転じていく。この裏で株価が連日下落を続けたことも菅ら慎重派の後押しになった。

 10月28日、ついに日経平均株価は昭和57年以来26年ぶりに7000円を割り込んだ。これを知った菅はこうつぶやいた。

 「もし『10・26総選挙』になっていたら自民党は壊滅していたかもな…」

                  ◆◇◆

 麻生にとって解散先送りは苦渋の決断だったが、今後の与野党攻防を考えると「イバラの道」を選んだともいえる。

 「ようやく正常なねじれ国会に戻りました。心機一転頑張りましょう!」

 10月31日朝、国会内で開かれた自民党国対正副委員長会議で、大島理森はこう言って乾いた声で笑った。

 早期解散を説き続けた大島には忸怩(じくじ)たる思いが残る。今国会がここまで円滑に進んだのは早期解散が前提だったからで、先行きはまったく不透明となった。来年の通常国会で民主党は倒閣に向け総力戦を挑んでくることは確実。年内解散を求めてきた公明党ともシコリが残ってしまった。

 しかも解散の火種は消えたわけではない。2次補正予算案を今国会に提出すれば、年末解散や1月解散が現実味を帯びる。もしそれを見送っても4月、7月−と解散日程は次々に浮上し、衆院議員は与野党ともに常に臨戦態勢に置かれることになる。まさにサバイバル時代の到来といえる。

 厳しい選挙戦を戦った経験がない若手を多く抱える自民党には特に厳しい。菅は30日のBS番組で「現職ならばみな公認するような時代じゃない。戦えない人は差し替えたい。それが選挙の厳しさだ」と言い放った。こけおどしではなく、そうしなければ戦えないほど自民党の基盤は崩れつつあるのだ。ある参院中堅はこうこぼした。

 「麻生さんは第15代将軍、徳川慶喜かもしれない。今の自民党は家光(第3代将軍)や吉宗(第8代将軍)のような全盛期とは違う。一生懸命やっても最後は大政奉還かもね…」(敬称略、石橋文登)

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