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2008年10月31日(金) 17時39分

医療問題に一石を投じた妊婦死亡の遺族会見ツカサネット新聞

大都会・東京で起きた脳内出血を起こした妊婦の救急搬送をめぐる悲劇が起こった。都内7病院から受け入れを断られ、出産後に脳内出血で死亡していたことが22日、分かった。当初搬送を断った墨田区の都立墨東病院が最終的に女性を受け入れ、赤ちゃんを出産し、女性は脳内出血の手術を受けたが、3日後に死亡した。赤ちゃんは無事だった。

墨東病院は、都から新生児と妊婦に24時間態勢で対応可能な「総合周産期母子医療センター」に指定されているが、同病院では医師不足のため、本来、2人体制だった当直医は7月から土日、祝日には1人体制になっていた。妊婦が体調に異変を起こした4日は、土曜日だった。

妊婦を取り巻く医療環境を検証すると、都会の母子を救うための救急医療の最後の砦には、さまざまな問題が浮かび上がる。その一番の原因は、やはり「医師不足」である。医師不足の中でも、とりわけ産科医や救急医の不足は顕著だ。産科医は、この10年間で1割の減になっている。その原因は、勤務時間が不規則で、事故の際の訴訟リスクが高いことであると言われている。

行政としても基幹病院には、重点的な産科医を配置を始めた。高度医療を提供する「総合周産期母子医療センター」の指定病院も拡充中で、救急現場と医療現場のパイプ役となる「専門コーディネーター」制度を作ったり、関係機関がインターネットの画面を見るだけで「空床の有無」「手術受け入れの可否」が分かる周産期医療情報を共有するシステムも整備してきた。

しかし、今回は、それらが機能していなかったという。機能しないシステムでは、いくら整備されていたとしてもただの見せかけに過ぎない。それなりに資金や人を投入して作り上げたシテスムなのだから、見かけ倒しにならない使えるシステムにしてもらいたい。

受け入れを断った8病院のうち墨東病院と日本赤十字社医療センター、日大板橋病院の3病院は「総合周産期母子医療センター」の指定を受けていた。指定病院は、国から補助金が出る代わりに、切迫流産などリスクの高い出産に対応できる設備を備えなくてはならない。他の5つの病院も、名の通った大規模病院だ。

しかし、そのすべての病院が満杯だった理由は、ハイリスク出産の可能性がある妊婦だけが都心の病院を頼るのではないということだ。産科医不足のため埼玉、千葉、神奈川など産科の休止は後を絶たない現実もある。こうした首都圏の「お産難民」が、都心の高度な施設を持った病院へと、なだれ込んでいるためだといえる。

そして、急病の妊婦の場合、外見の症状だけで「脳の血管に障害がある」と判断を下す難しさもあり、今回のケースで妊婦は妊娠9ヶ月で、脳内出血で入院する場合に、病院側では、複数の診療科にまたがる受入体制が必要である。墨東病院のスタッフは「万全の体勢を作るのであれば産科医、小児科医、脳神経外科医、それに麻酔科医が必要ということになる。」という。医師1人と看護師、手術設備がそろっていたからといって、即受け入れ可能というわけにはいかないのが現実だ。

これらの様々な要因が重なって、妊婦死亡という悲しい結末を迎えてしまった。27日には、「妻の死を無駄にしないためにも、浮き彫りになった医療問題を改善してほしい。」と妊婦の夫が会見を行った。それは、静かに悲しみをかみしめつつも冷静に今回の事件を受け止め、妻の死を無駄にせぬよう医療の改善を祈り、懸命に語り続けた。

最後まで誰かを責めるような言葉はなく、妻は息子を産むと7日夜に息を引き取った。直前、病室に息子を運んでもらい、脳死状態の妻の腕に30分間、抱かせてもらえた。温かい配慮をいただけた、と口にしたのは、医療関係者への感謝の言葉だった。「関わってくれたすべての医療関係者は、人として一生懸命やってくれた。責任を追及したり、責める気はない。」と。

憎しみは憎しみを呼ぶ。憎しみでは、決して心の安定は望めない。こんな緊急事態においても、人をいたわり、思いやれる心の広さに感動するとともに、精一杯の人の思いや行動をきちんと受けとめた妊婦の夫は、素晴らしい人格者だと思う。

こうした悲しい結末になってしまったことに対する悔いは一生消えないだろうが、「(医療を)変えたのは母さんだよ」とわが子に伝えたいと述べたその言葉にすべての思いが詰まっていると感じた。犠牲者として生きるのではなく、改革者としてこの親子は、これから長い人生を歩いていくに違いない。


(記者:halfmoon)

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