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2008年10月25日(土) 22時23分

<円独歩高>金融危機で止まらず 介入難しく有効打なし毎日新聞

 米欧の金融危機の深刻化により、外国為替市場で円が主要通貨に対して急騰する「円独歩高」が止まらない。24日のロンドン市場で円相場は一時、1ドル=90円台と約13年2カ月ぶり、ユーロに対しても一時、1ユーロ=113円台の円高水準を記録し、株安を一層、推し進めかねない勢いだ。超円高は85年と95年と過去2回起き、輸出に頼る日本経済を翻弄(ほんろう)した。今回は、金融当局の介入も難しく、有効打を見いだせない状況だ。【清水憲司】

 ◇「過去とは違う」

 80年代以降の外国為替市場での円高・ドル安基調は、85年9月22日の「プラザ合意」が起源だ。日米英、西ドイツ(当時)、フランスの5カ国(G5)の蔵相(財務相)・中央銀行総裁がニューヨークのプラザホテルに秘密裏に集まり、ドル高是正に合意した。

 当時の米国は、レーガン政権の軍事費拡張と大型減税で財政赤字が急膨張。米国債を円滑に売りさばく目的と、インフレ抑止から高金利政策を取ったが、それが実力以上のドル高を招いた。ドル高と高金利は米産業の国際競争力を低下させ、景気が低迷。企業が生産拠点を海外に移す「産業の空洞化」が加速し、雇用不安が広がった。一方、「強いドル」の恩恵で割安な日本製品などの輸入は急増した。米国は84年、純債務国に転落し、貿易赤字も1000億ドルの大台を突破。財政収支と貿易収支の「双子の赤字問題」が深刻化した。

 議会は、米貿易赤字の3割以上を占める日本を敵視する保護主義の動きを強め、G5は米国の「双子の赤字」への対応策を迫られた。そこで出てきたのが、為替相場のドル高是正による不均衡の調整。各国当局はプラザ合意後の週明けから市場でドルを一斉に売る協調介入を開始。1ドル=240円台だった円相場は1年後にG5の想定を超える1ドル=150円台まで急騰した。

 円高によるドル建て価格急上昇で日本企業の輸出は急減し、日本経済は円高不況に直面した。この苦境に、日本企業は、コスト削減と米国やアジアなど海外生産拡大で対抗。為替相場変動への体質強化を図った。政府・日銀は、景気対策や連続利下げで内需拡大を進めたが、後に不動産や株式バブルを招いた。

 次に円が急騰したのは95年春。バブル崩壊で内需が低迷する中、日本企業は再び輸出依存を強め、米国の対日貿易赤字が急増。クリントン政権は日本からの自動車輸入急増が雇用を脅かしていると主張し、日米自動車摩擦に発展した。米国が日本に貿易不均衡解消を迫る手段として、円高誘導の口先介入を繰り返したことも手伝って、円相場は4月19日に一時1ドル=79円75銭まで急騰した。円高不況の再来に日本企業は一段のコスト削減と、アジア向けなどの販売拡大で、対米輸出依存の見直しに動き出した。

 自動車摩擦が収束に向かうと、米国はドル安政策を転換。米景気後退で利下げが避けられなくなり、投資家のドル資産離れが進んでドル暴落への危機感を高めたからだ。6日後の25日の先進7カ国蔵相・中央銀行総裁会議(G7)は「ドル相場の秩序ある反転」で合意。日米欧が協調して利下げやドル買い介入を行い、超円高は収束した。米国は「強いドル」政策の下、日本やアジアなどが貿易黒字でためたドル資金を米国金融市場に還流させ、自国の経済成長を高める戦略を継続。その後、日本の景気低迷もあり、今回まで超円高は訪れなかった。

 ◇「困るの日本だけ」

 日米欧の協調介入は00年9月のユーロ安阻止が最後。日本は01年以降、単独で円売り・ドル買い介入を繰り返したが、円高阻止というより不良債権問題と景気悪化を背景に進むデフレスパイラルに歯止めを掛ける「円安誘導」が実態だった。米欧も、日本が不良債権抜本処理などでデフレ克服を急ぐことを条件に、この円安誘導介入を黙認した。

 日本も、04年3月を最後に為替介入を停止。円安傾向が続いたのは、欧米のファンドや投資銀行などが超低金利の日本と海外各国との大幅な金利差に着目し、円資金を高金利通貨に転換し、証券化商品などに投資する「円キャリー取引」を活発化させたからだ。

 しかし、米発の金融危機が深刻化した年明け以降、為替相場は一変。米大手証券、ベア・スターンズが事実上破綻(はたん)した3月には、ドルが全面安となり、1ドル=95円台まで円高・ドル安が進行。G7は一時、ドル防衛の協調介入も検討した。

 最近の円高局面は過去のどれとも違う。米政府主導によるものではなく、背景には、金融危機に伴う邦銀の損失が相対的に少なく「円が安全な通貨として買われている」(国際金融筋)ことがある。ファンドなどが円キャリー取引解消を急ぎ、資金返済に円を大量に買うことも拍車を掛けている。

 ドルは海外からの投資資金の米国回帰もあり、円以外に対してはむしろ強含み。ユーロ急落も「これまでの過大評価の修正」(米シンクタンク)の面もあり、欧州各国が介入に動く気配はない。

 市場では「企業業績の悪化など円高で困っているのは日本だけ。欧米には協調介入の理屈がない」(JPモルガン・チェース銀行の佐々木融氏)との指摘もある。日本単独の円高阻止介入に乗り出すことも考えられるが、「3日で10円も進む相場の流れを単独介入で変えるのは無理」(国際金融筋)。財務省も「かつてない市場の変動ぶりで、為替介入した場合の影響が読めない」と苦慮している。

 【ことば】円キャリー取引

 低金利で借りた円を、高金利の海外通貨や高利回りの金融商品で運用して収益をあげる投資手法。各国の金利差に注目してヘッジファンドが活用した。日本が不良債権問題や景気低迷で90年代以降、ゼロ金利政策や超低金利政策を長期間続けたことで、取引が膨らんだ。ファンドなどは借り入れた円をすぐに売って外貨に替える傾向が強い。

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