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2008年10月21日(火) 10時23分

収穫の秋の「米ロンダリング」騒動Oh! MyLife

 わが家でも、稲刈りが始まった。が、実りの秋を迎えたというのに、心なしか気分がすぐれないのはなぜだろう。

 米作りの1年間は、4月の種まきからスタートする。5月連休の田植えは、行楽に出掛けるよその家族の車を横目に、家族総出で、泥んこになりながらの作業だ。

■百姓冥利(みょうり)の秋に

 その後は幼い早苗を慈しみながら、田んぼの水管理にいそしみ、植え付けられた時には1株5本ほどの苗が、7月には1株25本くらいになった。

 そして、夏の暑い日差しを避けながら行う田んぼの草取りや草刈り作業などを経て、8月のお盆ごろには、待望の穂が出た。順調にゆくと、この出穂(しゅっすい)から数えて約45日が経過すると、稲刈りが始まる。

 だが宮城県地方は、西日本の猛暑を尻目に、降雨の多い涼しい夏を過ごす羽目になった。穂が出た後の天気は米の実り具合に影響を与えることになるため、8月の低温、日照不足は、その分だけ稲刈り時期を遅らせることになった。

 結局、稲刈りが最盛期を迎えたのは、実に10月に入ってからのことだった。

 それでも心配された作柄も、品質面で天候不順の影響が少なからず見られるものの、収量は平年並みというところに落ち着いて、まずは胸をなでおろしているところだ。

 今年で農業に従事して40年近くになるが、何十回、米を作っても、収穫前の期待感と、収穫後の喜びはひとしおで、これはなにものにも替え難い。ちょっと大げさになるが、この醍醐味(だいごみ)を味わうことができるこの時期は、百姓冥利(みょうり)に尽きる。

 冒頭の憂いは、その収穫の秋に冷水を浴びせられた、農水省発の事故米、汚染米の不正転売問題に対するものである。

■136万分の1の識別?

 この問題では、事故米の出自であるミニマムアクセス米に関する根源的問題や、輸入当初における農水省の事故米の対処法、さらには、事故米が食用に転売されたことを防止できなかったことなど、さまざまな制度上の欠陥などが浮き彫りになった。しかし、農家から見れば、この事件が、通常の流通過程で起きたことに、えたいの知れない不安を禁じえない。

 1994年、国によって米を保護、管理していた食糧管理法が廃止され、新たな食糧法が施行された。これにより、米は誰でも自由に売り買いできる一般商品になった。

 これは、世界の潮流である経済のグローバル化や規制緩和という流れの中で起きたもので、いわば、国内版「米の自由化」というものだった。それは言うまでもなく、来たるべく米の完全自由化への布石でもあった。その流通面の自由化のほころびが、今回の事故米である。

 米は、1粒、1粒の小さな米粒から成り立っている。1杯の茶わんの中には、約3250粒の米粒が入っているが、農家が米を出荷する時の30キログラム入りの紙袋で換算すると、1袋には136万3636粒の米粒が入っていることになる。この膨大な米粒の中に1粒の異物が入ったとしたら、それを識別することは、プロの目ですら容易ではない。

 このように、もともと米は、それを入れる容器が特徴的な形状であることもあって、外部から異物が混入しやすいし、混入されやすい欠点を持っている。従って、悪意を持ってそれをやられるとひとたまりもない。

 現実に、今回の輸入米を由来とした事故米の不正転売もそうだが、国産米でも同様の不正事件が後を絶たない。

■生産量を超えて流通するブランド米

 近年発覚した事件だけでも、米国産米などを「会津産コシヒカリ産」と偽って販売した郡山市(福島県)の和光食糧、「きらら397」に、違う品種を混ぜて販売した余市の米集荷業者、「新潟産コシヒカリ100%」と銘打った袋に、異品種を混ぜて売った大阪の米卸会社、日本ライスなどがある。残念ながら、これらは摘発された事例だけで、実際には、かなりの数の業者がこの偽装に手に染めている可能性がある。

 その象徴的な通説として、人気銘柄の新潟産コシヒカリは、実際に同県で生産された生産量をはるかに超える数量の米が市場に出回っていることが挙げられる。

 もちろん、米の偽装表示や不正行為は、流通業者に限ったものではなく、生産者である農家側でも、過去には少なからず存在していた。

 しかし、現在の米余りという受給情勢から見れば、完全な買い手市場で、売り手側の農協の販売戦略は、いかにして在庫を残さないで「売り切る」か、に尽き、農協に販売を一任する生産者側が不正に手を染める余地は少ない。

 一昔までの、いかにして高く売るかにしのぎを削っていたころに比べれば、隔世の感もはなはだしい。

 例えば、私の所属する農協(JAみやぎ登米)では、「環境保全米」という名で、化学肥料や農薬の使用量を一定限度以下に制限し、有機質肥料を中心とした、おいしく、しかも、環境に負荷がかからない米作りを展開している。

 もちろん消費者向けに、農家単位の米の生産履歴やGAP(生産工程管理)の開示も行い、この環境保全米が安心、安全な米作りというPRや啓発活動も行っている。JAみやぎ登米がこのような事業に取り組んで今年で6年。

 最近では市場の評価も右肩上がりで、2007年産米は完売となった。また、目的のひとつである、田んぼや用水路の小動物が増え、着実に農地や水辺の環境が上向いている。

■作り手と流通の共同作業構築へ

 米という字を解体すると、八十八となる。これをとらえて、「米を作るには、八十八たびの手がかかる」と民謡にも歌われているのが、米作りだ。この歌が作られた時代と比べれば、機械化によって肉体労働は格段に減ったが、種まきから収穫までに約6カ月の時間を要すことに変わりはない。

 この中で生産者や農協は、「売り切るため」に、米に新たな付加価値を付け、さらなる品質の向上に励んでいる。

 このような努力が、収穫の秋と、昨今の景気低迷でわずかではあるが米の消費量増という追い風を受け、報われそうになってきた矢先に、例の事故米事件が起きたのだ。

 消費者に安全・安心な食を提供することができるのは、生産者と流通業者の共同作業がなければ成立しない。さあ、今度は流通業者が汗をかく番ではないのか。それともまた、流通業者にとっての収穫の秋とは、相も変わらず冷や汗をかきながら伝票を書き、値段が倍々ゲームになる「米ロンダリング」を続けることなのか。

(記者:藤原 文隆)

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081021-00000004-omn-l04