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2008年10月19日(日) 19時05分

運営に「カイゼン」の成果 2年目の富士F1、さらなる信頼回復を産経新聞

 F1世界選手権シリーズ今季第16戦「フジテレビ日本GP」は10〜12日、静岡・富士スピードウェイで開催された。国内のファンにとってコース上の結果と同様、あるいはそれ以上に気になったのは観戦客の移送など運営の問題だったが、昨年とは比較にならない高い評価を受け、「カイゼン」の成果が示される結果となった。(只木信昭)

 運営の成功が、ほぼ確実になった12日の昼過ぎ。決勝スタートを前にしたパドックに富士スピードウェイの加藤裕明社長の姿があった。1年前に浮かべた沈痛な表情とはうってかわり、満面の笑みだった。

 一方、昨年も観戦し、塗炭の苦しみを味わった神奈川県在住の男性(44)は、昨年と今年の運営を比較して、「天国と地獄ですよ。今回はありがとうといいたい」と、感慨深げに話した。

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 1987年から20年間に渡って三重・鈴鹿サーキットで開催されたF1日本GPは昨年、30年ぶりに富士へ場所を移した。

 ホンダ傘下の鈴鹿から、トヨタ傘下の富士へ。「ホンダvsトヨタ」の構図の中でトヨタがホンダから開催権を奪い取ったと受け止められたこともあり、世界的大規模レースの運営経験に欠ける富士への、ファンの視線は当初から冷たかった。

 男性は、そんな中でも知人に、予断をもって非難するようなことを戒めていたという。

 しかし、男性の期待は裏切られた。2007年9月29日。数万人が殺到した予選後のバス乗り場は、阿鼻叫喚の地獄と化した。

 待てど暮らせどバスは来ない。どの列が自分の乗るべきバスに続くか、皆目分からない。現場の係員は事情の分からないアルバイトばかり。雨の中、5時間以上もバスを待たされた観客たちには、何らの情報提供もなかった。バス乗り場周辺のトイレは絶対数が足りず、あっという間に汚物であふれた。体調を崩しても救護所は早い時間に閉められており、空腹やのどの渇きを覚えても売店もない。いったん列から離れてトイレに行くと、どこに戻ればいいのか分からなくなる。男性は、ガマンにガマンを重ねた女性が、その場で失禁する姿を目にした。

 「バス乗り場へつながる簡易舗装の場内道路が雨で陥没した」。そのためバスの運行が滞ったというのが富士スピードウェイの説明だった。

 翌日の決勝日も事態は深刻だった。応急措置を施された場内道路は再び陥没した。観客を乗せたバスは周辺道路で立ち往生。見限ってバスを降り、歩いてサーキット入りする観客も多かった。決勝スタートの午後1時30分を過ぎても、まだ自分の席に到達できない人の列が続いていた。

 そして決勝後。観客を、前夜以上の混乱が待っていた。決勝は午後3時30分ごろにゴールしたが、観客を乗せた最後のバスが会場内の乗り場を離れたのは午後10時を過ぎていた。

 このほかにも、第1コーナー付近の仮設スタンドが構造上の欠陥でコースを見えない形状になっていたことも判明。また旗や横断幕を使っての応援も「他のお客さまの迷惑にならない限り」認めるという方針だったにもかかわらず、実際には場内係員が一律禁止していたことから、強い不満の声も挙がっていた。

 富士スピードウェイでは第1コーナーの欠陥席券を購入した観客に指定席料金を返却、また「30日午後1時30分の決勝スタート時にゲートを越えていなかったと確認できた」観客85人には入場券の払い戻しに応じるなどの対応をした。しかし「スタートに間に合わなかった人が85人ですむわけがない」「土曜の惨状を見て日曜の観戦をあきらめた人はどうなる」「金を返せばいいと思っているのか。ファンの気持ちを理解していない」など、対応には批判が浴びせられた。

 男性はブログを立ち上げて同じ“被害者”の賛同者を募り、ことし5月に「精神的苦痛を受けた」として富士スピードウェイを相手取った集団訴訟を起こした。

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 最寄り駅が徒歩圏になく、周辺の大きな道路は国道246号、138号の2本だけ。そこから、細い道路で2つのゲートに向かうしかない富士スピードウェイ。10万人を超える観客が自家用車で訪れれば周辺道路にパニックが起きるのは必至だ。観客をすべてシャトルバスで送迎する「チケット&ライド」システムは、避けられない選択肢だろう。しかし、だからこそ、バスの運行が混乱すれば運営側は全責任を負わねばならない。

 2度と同じような失敗は許されない。富士スピードウェイでは昨年の問題点を見直し、施設の改善などの準備を進めた。

 観客を乗せてきたバスは、そのまま場内に留め置いた。バスの動線を一方向にすることでスムーズに運行させ、また雨が降っても車内で観客が待てるようにした。観客が暗い中で情報もなく待たされたことを教訓に、照明やスピーカー、トイレなどを増設。ソフト面でも、実際にバスと人を動員して乗降時の誘導などをシミュレートするなど対策を練ってきた。親会社のトヨタ自動車が得意とする「カイゼン」のほどに注目が集まっていた。

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 ふたを開けると、昨年の惨状がウソのように運営はスムーズだった。土曜の予選日、日曜の決勝日とも、入場も退場も全く混乱は起きず、むしろ予想より早く客席に着き、イベントを楽しめたという声が多かった。帰りも多くの観客は予想以上に早くバスに乗れ、目的地の駐車場や駅に到着した。

 昨年は雨で一般行楽客がほとんどおらず、2本の国道はガラガラ。それでも大混乱が起きた。逆に比較的好天に恵まれた今年、12日の日曜日には山中湖方面へ向かう行楽客で、138号は大渋滞が起きていた。にもかかわらず、観客移送は整然と行われたのである。昨年、大混乱の中で対応が問題視された場内係員の教育も行き届いていた。

 「交通情報の広報が十分に行われ、一般の人(行楽客)が、あまりこちらに来られなかったんでしょうね」と加藤社長。「自信がつきました」とホッとした表情で話した。

 「去年が、あまりにも無計画だったんですよ。今年は頑張ったから、この結果が出たということでしょう」。くだんの原告の男性はいう。「わたし以外にも、原告団の理事が4人、観戦していましたが、みんな満足していました。ほかの観客の方からは、われわれが立ち上がったことで、この改善があったといってもらいました」。自分たちが立ち上がったことで「カイゼン」が加速したことに、素直に喜びを表した。

 今年の入場者数は決勝日10万5000人、3日間計21万3000人。昨年は決勝日14万人(いずれも公式発表)。実際にはもっと少なかったという声もあるが、いずれにせよ、これだけ入場者数を絞ったからこそ成功したという見方もできる。決勝日16万人を数えた鈴鹿とは、まだ比べるべくもない。西ゲートからパドックへ向かう関係者用道路と、グランドスタンドへ向かう観客通路の立体交差化など、まだまだ「カイゼン」は必要だ。

 この1回だけでファンの信頼を回復したと考えるのも時期尚早だろう。「今年が普通だと思ってほしい。この先も(富士で)やるつもりがあるのなら、積み重ねが大事ですから」。男性は注文した。

 来年、日本GPは鈴鹿サーキットに戻る。そして予定通りなら2010年、再び富士で開催される。

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 富士スピードウェイの加藤裕明社長は大会後、次のような談話を発表した。

 「このたびの大会では、多くのお客様にご来場いただき、心より厚く御礼申し上げます。本年のF1日本グランプリを無事終えることができましたのは、お客様のご支援とご協力の賜物であると、関係者一同深く感謝いたしております。

 この大会が皆様の思い出の1ページとなりましたら、この上ない喜びです。ご来場いただきましたお客様、ならびにすべてのF1ファンの皆様に、改めて御礼を申し上げます。誠にありがとうございました。

 今後とも関係者一同、モータースポーツの発展に尽力する所存ですので、何卒、変わらぬご支援とご指導を賜りますようお願い申し上げます。」

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