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2008年10月08日(水) 12時03分

学生無年金訴訟:10日判決 川崎の後藤さん、境遇ダブらせ勝訴に望み /神奈川毎日新聞

 ◇20歳を2カ月過ぎていた長女の初診日
 川崎市川崎区の会社員、後藤正雄さん(58)が、「学生無年金訴訟」で、統合失調症患者が国相手に訴えた訴訟の最高裁判決に注目している。重症の長女(29)も障害基礎年金を支給されていない。20歳前の発症ならば支給対象だが、国は判断基準の「初診日」が20歳過ぎだったとして拒んでいるためだ。長女と似た境遇の東京都内の男性2人が支給を求めた訴訟の上告審判決は10日。後藤さんは「光の差す判決を」と勝訴に望みを託す。【山衛守剛】
 ◇「光の差す判決を」
 「神様はこの世にいないよ」
 病床で漏らした妻恭子さん(当時57歳)の言葉が今も耳を離れない。心不全で亡くなる約1週間前、07年2月のことだ。一家を襲う病と困窮、中でも長女の精神疾患と年金不支給……。亡妻の無念が身にしみる。「独りでいると、ツーっと涙が出るんですよ」。後藤さんは長女の障害者手帳を開きながら、つぶやく。
 ■突き放されて
 長女に病の兆しが見えたのは98年夏ごろ。短大2年、19歳だった。家に引きこもるようになり「怖い、怖い」「暴走族が来る」と理由もなくおびえる。99年1月に市内の病院で初めて診察を受けた。渡された診断書には「精神分裂病」(今の統合失調症)とあった。この初診日が、20歳の誕生日から約2カ月が過ぎていた。
 当時の後藤さん一家は、十数年にわたり膠原(こうげん)病を患う恭子さん、発症した長女、そして母、長男との5人家族。収入は後藤さんの給与と母の年金しかない。
 そこに、のしかかる長女の治療費。診療費や薬代などで1カ月当たり、通院時は2万〜4万円、入院時には8万〜15万円に膨らんだ。日ごとに家計が圧迫された後藤さんは、長女への障害基礎年金支給を国に求めた。不服申し立てもしたが、最終的に04年4月、社会保険庁の裁決で「不支給」と突き放された。
 ■なぜ不支給?
 国民年金法では、年金に加入して保険料を納める義務が生じる「20歳の誕生日」よりも前に障害を負った人は、障害基礎年金を支給される。長女も未成年時に発症していれば支給対象だ。
 ただ、肝心の発症時期を証明するものは、誕生日2カ月後の初診時の診断書しかない。しかも国は実務上「初診日=発症日」とみなす。社保庁は裁決で「20歳の誕生日以前に精神疾患の存在を客観的に証明できない」と、後藤さんの訴えを退けた。
 ■かすかな望み
 だが、偏見や差別を恐れる余り、精神疾患の初診は遅れがちだ。こうした実態をとらえ東京高裁は06年11月、「医師の事後的診断などで20歳未満に発症したと確認できた」場合、初診日が20歳後でも支給対象になるとの判断を示した。
 原告の男性は19歳で発症したと認定し「初診日が20歳過ぎだったことを理由に国民年金法を形式的に適用して救済対象から外すのは立法の趣旨に反する」と断じた。この男性について国側は翌月上告、もう一人の男性原告とともに10日の最高裁判決を待っている。
 長女にも当てはまらないか——。
 後藤さんは訴える。「初診の時にはすでに重い症状が出ていた。発症した時期がもっと以前であることは明らか。初診日を発症日と見なす考え方はおかしい」
 ■落ち度あるが…
 長女は治療を続けたが病状は悪化し、家庭内で暴力を振るうようにさえなった。後藤さんが56回目の誕生日を迎えた06年12月28日の夜。矛先を向けられた恭子さんはろっ骨骨折などの大けがをし、寝たきりに。そして約2カ月後、心不全で亡くなった。葬式費用は消費者金融から借りた。長女は警察に連行され今は措置入院中だ。
 20歳の誕生日から初診日までの2カ月間、保険料を納めていれば障害基礎年金を受けられたのは事実。他の家族は全員納付しており、単純なミスだった。今回の原告が最高裁で勝訴しても、学生は任意加入だった時期の彼らと、強制加入だった長女とでは、やや立場が異なる。敗訴で対応を迫られた国が救済措置を打ち出すとしても「扱い」は分かれるかもしれない。
 それでも、後藤さんは願いを込める。
 「年金を払い忘れた落ち度はある。しかし、定年も近く、将来を考えると真っ暗。障害年金がおりれば少しは負担も軽くなる。なんとか光が差すような判決が出てほしい」

10月8日朝刊

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081008-00000056-mailo-l14