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2008年10月07日(火) 09時34分

今、そこにある“日本版サブプライムローン”の危機(前編)Business Media 誠

 通常の融資を受けられる人々ではなく、信用力の低い低所得者にお金を貸す「サブプライムローン」。このサブプライムローン問題に端を発した金融不安は世界中を駆け巡っているが、いまだ「対岸の火事」だと受け止めていないだろうか。「米国で起きたことだから」「株式や投資信託を持ってないから」といった理由で、“自分には関係ない”と思わない方がいいだろう。少なくとも日本で家を購入し、住宅ローンを組んでいる人は“日本版サブプライムローン”のリスクを背負っているからだ。

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 「日本でも住宅ローンの焦げ付きが急増する可能性がある」。こう語るのは「日本版サブプライム危機——住宅ローン破綻から始まる『過重債務』」の著者である石川和男氏。米国のようなサブプライムローンはない日本で、なぜ住宅ローンを返済できなくなる人たちが増えるというのか。住宅ローンをめぐる諸問題をひもときながら、危機を回避するためにはどうすればいいのか、話を聞いた。

●ゆとりローンが原因で破産者が増えるかもしれない

 バブル経済崩壊後の1990年代前半、当時の住宅金融公庫(現・住宅金融支援機構)は「ゆとりローン」という住宅ローンを扱っていた。このゆとりローンとは、お金がない若いうちは返済額を最小限に抑え、年齢が上がり収入が上がってから返済額を増やしましょうという考え方だ。当初の5年間の返済を期間75年の借入として計算(1995年からは期間50年に変更)するため、低金利でお金を借りることができる。1997年には「頭金ゼロ」で住宅を購入することができるようになり、さらに1998年には貸出金利を年2.55%から年2.0%に引き下げ、借入条件も年収400万円から300万円に下げた。「条件を緩和したということは、本来住宅ローンを組めない人たちに返済能力を無視してお金を貸したということ。しかも国による“貸し込み”であったことが問題だ」と石川氏は指摘する。

 2008年は、1998年秋に年2.0%の貸出金利を適用した年から10年目が経過する。1998年当時の貸出金利は年2.0%で史上最低だったが、この秋には年4.0%に上昇する。例えば1998年に金利年2.0%、返済期間35年で2000万円を借りたとする。毎月の返済額は、当初の5年間は5万3000円ほどだが、2003年からは9万5000円、そして2008年秋からは10万9000円となる。

 現在多くの金融機関では「借り換えローン」を扱っており、これを利用すれば年4.0%よりも安い金利で借りることができる。しかし借り換えローンを利用できない場合もあり、問題は深刻だ。石川氏は「民間の金融機関の融資基準に満たなければ、住宅機構から借り続けなければならない。そのため、ゆとりローンの返済に行き詰まり、自己破産する人が増えるかもしれない」と見ている。

 ゆとりローンでお金を借りた人たちが無理なく返済していくためには、いくつかの条件が必要となる。(1)終身雇用が確立していて、定年まで給料がもらえる(2)毎年給料は上がり、またボーナスも増える、の2つだ。

 しかし終身雇用は過去のものとなり、給与もなかなか上がらない現在の日本の状況下で、かつてゆとりローンを組んだ人たちの中には、計画通りに住宅ローン返済していくことは困難な人たちが相当いると懸念される。お金を借りるということは「自己責任」が前提だが、家計状況の変化によっては、差し押さえや競売によって家を失う事態もありうる。「ゆとりローンで借りた人たちへの救済措置は、一切用意されていない。そもそもゆとりローンは、政府が景気対策の一環として取り扱いを始めたもので、どんどん融資条件が緩和されていった。景気対策に協力した人が景気対策の犠牲者になる前に、政府は必要な政策を打ち出すことが必要だ」と訴える。

●年々上昇傾向にあるリスク管理債権

 住宅金融支援機構によると、住宅ローンの貸出残高のうちリスク管理債権の割合が増加傾向にある。リスク管理債権とは(A)破綻先債権(B)延滞債権(C)3カ月以上の延滞債権に、返済期間延長などの救済策を適用した(D)貸出条件緩和債権を足したもの。リスク管理債権が総貸付残高に占める比率は高まっており、2001年度の2.37%から2007年度は8.37%と約3.5倍。ちなみにメガバンクのリスク管理債権の平均は2%以下であることからも、住宅金融支援機構の数字が高いことが分かるだろう。

 もちろん、すべてのリスク管理債権が焦げ付くわけではない。しかしその比率は年々上昇しているため、住宅ローンを利用していて“困っている”人が増えていることは確かだ。

●住宅ローンの問題点は4つ

 旧住宅金融公庫のゆとりローンだけが、問題を抱えているのだろうか。金融機関が扱っている一般的な住宅ローンに問題点はないのだろうか。旧住宅金融公庫と金融機関を合わせた住宅ローンの融資実行額は、1985年から1989年(バブル経済期)の間で年3〜4兆円、1993年から1997年(バブル崩壊後)の間で年6〜9兆円。石川氏は「バブル経済が崩壊したにもかかわらず、住宅ローンの融資額は増えている。これは政府が、バブル崩壊後の景気回復を有力な起爆剤として『住宅投資』を活用しようとしたからだ」という。

 融資条件を緩和するなどして、住宅ローンを借りやすくした結果、融資残高は増えていった。しかし今の状態で「景気は回復した」と言えるのだろうか。「実際に景気は停滞している。もちろんお金を借りたことは住宅ローンを組んだ人それぞれの自己責任だが、政府の失敗した政策の“ツケ”が回ってきていることも否めない」と分析する。

 石川氏は自身の経験を踏まえ、住宅ローンの問題点を4つ挙げる。1つめが「見直されない前提条件」だ。「日本の住宅ローンは終身雇用と右肩上がりの給料、不動産価格の上昇が前提条件。しかしこの前提条件は、現在の日本では崩れている。経済情勢は変化しているのに、政府も金融機関も住宅ローンを見直そうとしない。このままでは多くの住宅ローン利用者の返済が困難になるので、『銀行が貸してくれるから借りる』といった考えは危険」としている。

 2つめは「担保掛け目の甘さ」。金融機関は物件に対し、その価値を評価して融資を実行する。物件価格に対して融資を実行する金額の比率を「掛け目」というが、70〜80%に設定している金融機関が多い。しかし中には物件価格の100%融資するところもあり、さらには登記費用まで貸すところもある。「物件の価値以上に融資を受けていると、返済するときに困ってしまうことがある。何らかの事情で自宅を売りに出そうとしたとき、住宅ローンの残高が住宅価格を下回っていなければ、自宅を失った上に借金を返済しなければならない。不動産価格が右肩上がりで上昇している時代であれば問題はなかったが、今はなかなか上がらないので“売るに売れない”といった人も多くいるだろう」と話す。

 3つめは「緩い年収基準」。住宅ローンを扱う金融機関は、どんな人たちにお金を貸したいと考えているだろうか。例えば会社経営者など信用力の高い人に融資するのが理想だろう。しかしそれだけでは、融資残高は伸びない。そこで金融機関は年収の低い人たちにも、融資することになるのだ。税込み年収に占める返済額の割合を年間返済比率というが、この年間返済比率が40%までなら「融資OK」とする金融機関は多い。

 「年収基準を緩くするということは、収入が低くても家が購入できるということになるが、返済ができなくなるようなローンを背負っていることを忘れてはいけない。例えば年収500万円の人であれば、年200万円まで住宅ローンの借り入れができる。しかも税金や年金などが引かれる前の年収で計算しているので、実際には手取り分の50%以上がローン返済に充てられている」

 4つめは「少なく見える毎月返済額」。「家賃並みの返済額で家が買えますよ」といったチラシを見たことはないだろうか。おなじみのキャッチフレーズともいえるが、月々の返済額を少なく見せている手法は簡単だ。(1)借入元金をすべて毎月分割払いとせず、ボーナス返済への配分を多くする(2)35年ローンや親子2世代ローンなど返済期間を長くする(3)低い変動金利で計算している、の3点だ。「当初の返済額を少なくみせるのは、旧住宅金融公庫の手法と似ている。また収入の低い人たちにも家賃並みの負担で家が買えるということは、米国のサブプライムローンに近いものがある」と話す。

●過剰な住宅ローンの獲得競争は弊害

 バブル経済崩壊後、金融機関は企業への貸出先が減少した一方で、旧住宅金融公庫の住宅ローンの肩代わりを推進してきた。旧住宅金融公庫がバブル崩壊前に貸し出した住宅ローンの金利が上がるタイミングを狙って、借り換えの競争を繰り広げてきた。しかし過剰ともいえる競争は、時として弊害をもたらすことがある。信用力の低い顧客もつかまえようとする金融機関は融資基準を緩めていったことに対し、石川氏は警鐘を鳴らす。「住宅ローン市場が過熱してしまうと、個人を中心とした不良債権問題が再来するかもしれない。また郵政民営化で登場した“超ギガバンク”、ゆうちょ銀行の住宅ローン市場への本格参入も大きな不安材料だ。住宅ローンをめぐる競争が過剰に激化すれば、構造改革の象徴である郵政民営化までもが失政のあおりを受けてしまう可能性もある」

 今、日本の住宅需要を支えているのは20代後半から30代半ばが中心だ。「初めて家を購入しようという人は、返済能力ギリギリの物件を手に入れようとする傾向がある。もし今後、金利が上昇し始めると、団塊ジュニア世代の住宅ローン破たんが激増する可能性は高くなる」という。


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