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2008年10月05日(日) 18時10分

81歳「老いらくの恋」の果て…産経新聞

 料金滞納で電気やガスを止められたマンションの一室。生活保護を受給しているものの、独居老人の生活は困窮を極め、電灯代わりに使っていた小さなろうそくの火が犠牲者を出す惨事を引き起こした−。

 留守中にろうそくの火の不始末により大阪市西成区のマンション自室を半焼させ、煙を吸った向かいの部屋に住む男性=当時(78)=を死亡させたとして、重過失失火と重過失致死の罪に問われたのは森田光男被告(81)。

 捜査段階で自供していた森田被告は1日、大阪地裁で開かれた公判で「火の不始末は自分ではない」と一転して完全否認に転じた。

 その公判供述から、火災に関与した人物として浮かび上がってきたのは、当時交際していたという60代の女性。森田被告は当初、自供した理由を「女性をかばうためだった」と言うのだが…。

   × × ×

 捜査段階の供述から再現された火災前後の状況はこうだ。

 6月1日未明。4階建てマンション2階の自室にいた森田被告。電気・ガスが止められていたため、空き缶にろうそくを立てて火を灯していた。

 その後、何かのはずみでろうそくが倒れ、森田被告はあわてて手でたたいて火を消した。完全に消えたと思い込んで近くのスーパーに外出、帰宅すると部屋から煙が上がっていた。午前2時45分ごろだった。

 全面自供したのは、取調官から右手の人さし指のやけど跡を追及されたことがきっかけだったという。が、森田被告は公判に入ると供述を次のように一転させた。

 《当時、室内には以前パチンコ店で知り合った60代の女性もいた。1人で近くのスーパーに買い物に出かける前に、衣服を探していた女性が「どこかにろうそく立てを落とした」と言っていた。周囲に何もなかったのでそのまま家を出たが、その火種が残っていたのではないか。指のやけど跡は出火直前ではなく、2、3日前にろうそくを倒した際に負ったやけどだった》

   × × ×

 2回目の被告人質問が行われた1日の公判に姿を見せた森田被告。ベージュの上着にカーキ色のズボン姿。ボサボサの白髪で足元もたどたどしい。耳が遠いため、裁判所から渡されたヘッドホンタイプの補聴器をつけて質問に答えた。

 検察官「主張が変わったことを再確認します。あなたがろうそくを倒したのか、そうでないのか」

 被告「それはもうひっくり返すわけにはいかないので」

 意味のわからない返答に検察官は戸惑いながらも質問を続けた。

 検察官「ろうそくを倒したのは1回だけなのか、2回なのかはっきりしていないけど」

 被告「落としたのか、倒したのか見とらんから。(部屋にいた女性が)自分の服がないとか騒いでいたので、もう家に帰れと言ったんです」

 検察官「前回の質問のとき、(女性が)ろうそくを倒してから5分ぐらい灯り(火の粉)が見えなかったから安心したと言っていましたけど」

 被告「(女性がろうそくを)落としたという所を見に行ったけど、火の気はなかったので安心した」

 検察官「女性がろうそくを落としたのはどんな場面でしたか」

 被告「わかりません」

 検察官「刑事には(火事直前に)ろうそくを消そうとして(指を)やけどしたと言ったんでしょう」

 被告「あの火事の前に負ったやけどの跡じゃないです」

 起訴の際に全く登場していなかった女性の存在。検察官は何とか矛盾を突こうとするが、森田被告は強固に否認を続けた。

 続いて弁護人が出火前の様子について確認した。

 弁護人「出火は午前2時45分ごろとなってますが」

 被告「全然違います。そのころは何の火の気もなかったので寝たんです」

 弁護人「スーパーから帰ってきたら煙が出ていたんですか」

 被告「そのときは煙は出ていなかった」

 弁護人「帰宅後、部屋にいた女性と一緒に食事をしたんですね」

 被告「食事して寝ようとしたときも、火の気があるかどうか見たけど、なかった」

 スーパーから帰宅した際に部屋から上がる煙を見た−とする捜査段階の供述を根底から覆す説明が続く。

 弁護人によると、部屋で2人で食事をとって寝た後、部屋のどこかから煙が上がり、外に避難した。捜査段階で罪を認めた理由は女性をかばうためだったという。

 弁護人は森田被告の冤罪を立証しようと女性の証人尋問を申請した。が、女性は病が重く入院中で、話すことさえできないことから実現しなかった。

   × × ×

 捜査段階で罪を認めながら、公判で完全否認に転じるケースは珍しいことではない。理由もさまざまだ。

 森田被告の公判供述を信用すれば、生活が苦しく、電気のない暗い部屋であっても慕って来てくれた女性は、独り暮らしの森田被告にとってかけがえのない存在だったに違いない。

 だからこそ、逮捕直後には女性の存在を隠し、かばうために罪をかぶったのだろうか…。

 ではなぜ、公判段階になって女性に罪を着せるような供述を始めたのか。わずか4カ月の間に女性への思いは冷めてしまったのか、あるいはまったくの「虚言」なのか。

 17日、検察側の論告求刑と弁護側の最終弁論が予定されている。

     (津田大資)

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