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2008年10月02日(木) 15時19分

「先天性」は補償対象外 5年後の補償範囲の見直し、どうなる?産経新聞

 産科医療補償制度では、先天性などの脳性まひ患者が補償対象から除かれています。5年後には補償範囲の見直しが行われますが、産科医や患者家族からは「救済される妊婦と、救済されない妊婦をつくるべきでない」と、見直しを求める声が上がっています。(北村理)

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 神奈川県に住む坂口朋子さんは毎朝、午前6時に起床し、長女の成美さん(11)の鼻から胃へ、約1時間半かけて流動食を注入する。

 成美さんは重度の脳性まひで、常時、介護が必要だ。流動食での食事が1日5回。学校へは車で送り迎えし、就寝後もたんの吸引や寝返りをさせる。坂口さん自身の就寝は午前2時ごろだ。流動食や医療器材など、療育の費用は月に5万〜7万円。家の改修をはじめ、成長に応じ、車いすの買い替えも必要だ。

 坂口さんは平成9年、破水して入院し、陣痛促進剤の投与後、帝王切開で出産した。後の裁判で作成された鑑定書では、脳性まひの原因として、陣痛促進剤の過剰投与、不十分な分娩(ぶんべん)監視、帝王切開の遅れなどが指摘された。坂口さんは「病院や医師の過失が指摘された鑑定書を何度も読み返し、やっと自分を責めることがなくなりました」という。

 病院側は明確に謝罪はしなかったが、坂口さんは娘の介護と育児に専念しようと、勧告を受けて和解した。

 当時、もしも産科医療補償制度があれば、成美さんは補償対象だ。制度発足前の誕生だから、対象外だが、来年1月以降の出産でも、やはり補償対象にならない脳性まひの子供はいる。先天性や感染症による脳性まひだ。

 坂口さんは「周囲には、先天性脳性まひのお子さんを持つお母さんもいる。こうした子供がいれば、親の苦労はどこも同じ。原因が生まれつきか事故かで違いません」と、補償対象の拡大を求める。

 新制度では、出産時の事故で子供が脳性まひで生まれた場合、家の改修費などの一時金600万円と、毎月10万円が20歳になるまで支払われる。坂口さんは「費用は十分だと思う」と評価するが、「家族の心身負担は一生続く。補償よりも、事故が起きないことを望みたい」と、医療事故の防止を訴えている。

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 ■対応の落差に反発も

 新制度の補償対象は、妊娠33週以上なら、(1)分娩に関連して発症した脳性まひの子供(2)体重2000グラム以上(3)身体障害者等級の1、2級に相当する−の3条件を満たす必要がある。ただ、33週未満でも、28週以上なら、場合によっては個別の審査で認められることもある。

 日本産婦人科医会の石渡勇常務理事は「1〜2年たてば、補償総額のめどがたつ。その後、財源配分などを検討し、5年をめどに、対象範囲の拡大などを議論する」と方針を示す。

 新制度で補償が認められれば、脳性まひの子供には3000万円が支給される。仮にその子が死亡しても、補償は20年続く。対象外の子供とは、対応に落差がある。

 このことに反発する医師や患者家族らは多い。長崎県では当初、9割以上の分娩機関が加入を見合わせた。牟田郁夫・産婦人科医会県支部長は「産科医は、障害のある赤ちゃんが生まれれば、悲嘆にくれる親を助けたいと、自然に思う。だから、一貫して事故か否かで線引きをしないよう求めてきた。それなのに、補償対象が限られた。誰のための制度かと思う」とする。医会本部から「制度開始後の調整に期待してほしい」と説明され、県医会は一定の理解を示し、8割が加入したが、現時点で加入しないことを明言する医師もいる。

 医師の間では「補償を行うことで、訴訟を誘発するのではないか」との懸念もある。補償金が出ても、妊婦側が訴訟を起こせば、司法手続きは始まる。医療機関に過失が認められれば、補償金のほかに、賠償金が求められる可能性もある。医師からは「一時金の600万円が訴訟原資となる可能性もある。訴訟を減らすために始めた制度が、逆に増やすことになるのでは」との声も上がる。

 こうした見方について、石渡常務理事は「可能性は否定できない」としながらも、「利害が対立する裁判と違い、新制度では原因分析も示される。補償対象外になっても、不服申し立てもできる。こうした姿勢が理解されれば、長期的には訴訟は減少していく」と期待する。

 脳性まひの長女(29)を介護する「東京都重症心身障害児(者)を守る会」の岩城節子会長は「補償されても、納得できる原因が示されなければ、訴訟を起こしてでも説明を求める」としたうえで、「そうはいっても、家族にも訴訟は負担。公平な制度にし、原因究明を迅速に行ってほしい」と求めている。

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