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2008年09月28日(日) 12時48分

【衝撃事件の核心】「悲劇の母」か「鬼畜」か…福岡小1男児殺害の容疑者が明かした動機の“真実味”産経新聞

 悲劇の母は一転して殺人の容疑者になった。福岡市西区の小学1年、富石弘輝君(6)殺害事件で、殺人と死体遺棄容疑で福岡県警に逮捕された母親の薫容疑者(35)。弘輝君の通夜や葬儀で憔悴(しょうすい)しきっていた母親は、捜査員に不審点を突きつけられるとあっさり犯行を認めた。体の障害や子育てに悩んでいたという薫容疑者は「(弘輝君に)なじられて殺した」と供述、その言葉からは「哀れな母」の姿も浮かんでくるが…。わが子に手をかけた母親の犯行は本当に衝動的なものだったのか−。

■混乱? 計画? 公園で「演技」を続けた母親

 遊具やヨットハーバーが整備された市民憩いの大型公園が騒がしくなったのは、9月18日午後3時50分ごろだった。

 「黒いシャツを着た男の子をみませんでした?」

 狼狽(ろうばい)した様子で足を引きずりながら、公園を行き交う人たちに声をかける薫容疑者。

 「『遊具で遊んで待っていて』と言ってトイレに行き、戻ったらいなくなっていた…」

 泣きそうな表情で「弘輝、弘輝」と名前を叫ぶ薫容疑者に、周囲の人たちは「大丈夫ですよ」と元気づけた。約10人が協力して裏山や海岸を捜索。弘輝君はGPS(全地球測位システム)機能付きの携帯電話を持っていたことから、薫容疑者は携帯電話から居場所を特定しようとした。

 事態が動き出したのは捜し始めてから40分ほど過ぎたころだった。公園内のトイレ外側の壁と柱の間で体育座りでぐったりしている弘輝君を、無職男性(62)が見つけた。顔は土気色で裸足。はいていたサンダルは足元に並べて置かれていた。

 「弘輝…」

 薫容疑者は泣きながら名前を呼び、一緒に救急車に乗り込んだ。切迫した表情。誰もが「悲劇の母親」に声をかけることはできなかった。

 「今にして思えば、名前を叫ぶものの、捜し回るという感じではなかった。少し違和感はあったんだが…」

 公園に居合わせた男性はこう振り返るが、迫真の「演技」を疑う人はいなかった。

 ■通夜には車いす姿、告別式では棺をさすり泣き崩れた

 事件翌日に執り行われた通夜。屈託のない笑顔をみせる遺影、そのそばにはランドセルや帽子、グローブが飾られた。これだけでも涙を誘うが、参列者が直視できないほどの悲しみを感じたのが薫容疑者の姿だった。

 薫容疑者はショックからか車いすに座ったままで、遺影の前で焼香する弔問客に涙を流しながら繰り返し頭をさげていたのだ。

 告別式の日も、車いすこそなかったものの、親族に両脇を抱えられ憔悴しきった様子だった。

 棺にすがりつくような格好で泣き崩れ、「弘輝、弘輝!」と叫んだ薫容疑者。「生きて返ってきて」とも口にしたという。

 「(薫容疑者は)棺を何度も手でなで回していた。あまりにもむごく、みんな涙が止まらなかった」(参列者)

 2日前に我が子を殺めたばかりのその手で、棺をなで回す心境はどのようなものだったか。

 参列者は事件当日のみならず、通夜・告別式でも悲劇の母の「演技」に翻弄(ほんろう)された。

 だが、福岡県警は着々と捜査を進めていたのだ。

 ■不自然な供述 葬儀の翌日の取り調べで“落ちた”母親

 葬儀翌日。捜査本部は極秘で薫容疑者の事情聴取に踏み切った。

 有力な目撃情報もなく物証も乏しい現場だったが、薫容疑者の不審な言動に捜査本部は当初からマークしていた。

 「トイレを出たら(弘輝君の)帽子が落ちていた。おかしいと思って周囲を探したが見当たらなかった」

 薫容疑者はこう説明していたが、弘輝君はトイレの外壁に、もたれかかっており、探せば見つけられないはずがなかった。

 さらに、「1週間前にも公園で変な男に(弘輝君が)声をかけられた」とも話してたが、公園を管理する福岡市にはそうした情報は寄せられていなかったうえ、「変な男に声をかけられた公園に、また遊びに行くこと自体も疑問が残る」(捜査関係者)。

 こうした不審点に加え、公園の山林に捨てられた弘輝君の携帯電話に家族以外の第三者の指紋がなかったことや、薫容疑者が使った障害者用トイレの中に弘輝君が入った形跡があることなど、捜査で得られた物証でも薫容疑者の犯行を示唆するものが続々と出てきた。

 事情聴取で、取調官がこうした不審点をひとつひとつ問い詰め、物証を当てると、薫容疑者は大声で泣きながらこう切り出した。

 「私が殺しました」

 悲劇の母親の仮面を外した薫容疑者。堰(せき)を切ったように動機についても語り出した。

 ■弘輝君の一言で「キレた」 薫容疑者を覆う心の闇とは…

 関係者によると、薫容疑者は交通事故の後遺症で手足が思うように動かず、障害者手帳の交付も受けているという。

 一方で弘輝君はひとつのことに集中できなかったり、突然走り出すなどの行動を取ったりすることがあり、特別支援学級に通っていた。

 薫容疑者はトイレに行く際には便座に座ったり、立ち上がったりするのに、弘輝君に手伝ってもらっていた。こうした障害があることと、2人の今後の将来について、周囲に不安を漏らすこともあったという。

 育児への不安が事件の背景にあったのだろうか。

 これまでの供述から、犯行当日の2人を再現すると事件の概要はこうだ。

 現場近くの大型遊具で遊んでいた弘輝君は、「一緒に遊ぼう」と薫容疑者にせがんだが、体が動かず遊んであげることはできなかった。

 その後、薫容疑者はトイレに行くため弘輝君を呼び障害者用トイレに入った。だが、この時、弘輝君は普段から学校に来てくれたりすることがなかった薫容疑者を責める言葉を発した。

 さらに、弘輝君はトイレの手伝いについて、薫容疑者にこう言ったとされる。

 「なんでそんなことしなきゃいけないの」

 この一言で薫容疑者はキレ、「なにもかもどうでもよくなった。絶望的になった」と供述しているという。

 「自殺するために10日ぐらい前から持ち歩いていた」という水槽用ホースで弘輝君の首を絞めて殺害。ホースはタオルで巻いてバッグに入れて持ち歩き、事件後に実家の台所のごみ捨て場に捨てた。

 自分の病気や発達障害を抱えた息子の子育てに悩んだ末に、「決定的」な一言が引き金となって衝動的に殺害してしまった−というのが薫容疑者が明かした事件の「真相」だが…。

 ■抑鬱状態か それとも供述は「半落ち」か

 弘輝君の症状はADHD(注意欠陥・多動性障害)によくみられる症状だった。薫容疑者は自らの病気もあり、実家で弘輝君と暮らしてたこともあったが、実家の校区内には特別支援学級がないため、特別支援学級のある内浜小学校区内に転居してきた。

 知人もいない場所に引っ越したこともあり、入学した時には他の保護者に「落ち着きがなく、ご迷惑をおかけするかもしれませんが、よろしくお願いいたします」とあいさつしたという。PTA役員を引き受けるなど、地域に溶け込もうとしていた様子もうかがえる。ところが、「体調不良」を理由に役員を交代。子育ての相談を誰にもできずに孤立したのだろうか。

 白百合女子大の木部則雄教授(児童精神医学)は「母としての罪悪感を抱いて、抑鬱(よくうつ)的な気持ちになっていたのではないか」と精神状態を分析する。

 だが、殺害後に被害者を装ったことに着目すると違った見方もできる。

 「第三者の犯行を装ったとなれば、障害のある子を疎ましく思い、愛情を向けられず厄介者扱いをしていた可能性もある」とみるのは専修大の森武夫名誉教授(犯罪心理学)だ。

 横山秀夫氏の小説に「半落ち」がある。殺人という外形的事実を認めただけでは完全に落とした「完落ち」とはいえない。一見もっともらしく聞こえる動機でも真実は違うケースというのも多々ある。

 薫容疑者は真実を語っているのか。捜査はまだ始まったばかりだ。

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