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2008年09月14日(日) 02時31分

<銚子市立総合病院>隣接市に「医療難民」 休止問題で 毎日新聞

 千葉県の銚子市立総合病院が今月末で診療休止する。何の備えもなく市長が突然表明したことで「医療難民」も発生するなど混乱が続く。新臨床研修制度による病院経営の悪化もあるが、政治の無策を問う声が出ている。

 休止は、わずか1票差で承認された。

 関連条例案が採決された8月22日の臨時市議会は、70の傍聴席が埋まり、入れなかった約120人も1階ホールでモニターテレビに目を向けた。人口約7万2000人の市で、病院存続を求める署名が約5万人分集まっていた。

 結果は、賛成13、反対12。議場は、罵声(ばせい)に包まれた。「自由な意思表明のため」と当日、急きょ無記名投票になったことも拍車をかけた。しかし、採決後、ある市議は言った。「多数決。これが民主主義だ」

 岡野俊昭市長(62)が、存続派の2市議宅を訪れたのはその前日だった。市職員の車で、いったん実家の精肉店に寄ってスライスされた豚肉約1キロを携えていた。「以前もらったシジミのお礼です」。豚肉を手渡して市長は言った。「大変困っている。どうにか(賛成)できませんか」。市議は遠縁の親類にあたる与党議員。さらに別の市議宅にも「近かったので、ついでに寄った」。ここは、手土産はなかったという。

 2人は「訪問で態度を変えていない」と話すが、豚肉贈与は、条例採決への市民の疑念を深めることになった。市長は8日、公職選挙法違反の疑いで、市民から県警に刑事告発された。

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 岡野市長は06年7月、病院存続を公約に無所属で初当選。佐藤博信院長(60)と市幹部の高城順吉事務局長(60)に病院再建を託した。新臨床研修制度の影響で医師不足になった大学医局が医師を引き揚げたこともあり、35人いた常勤医師が翌年4月には22人に激減したが、新たに5人を確保するなど再建に向け軌道に乗ったとみられていた。

 東京大医科学研究所を経て米ニューハンプシャー州の大学で研究生活を送っていた松井稔医師(44)=内科=は昨年11月着任した。島根県の両親から米国に届く手紙の影響もあった。隠岐諸島の産婦人科など、日本の医師不足を報道する新聞記事が添えられていた。

 全国自治体病院協議会の紹介で連絡すると、高城事務局長は「経営状態は悪いが、市長を先頭に市民も継続を望んでいる」と話した。大学の担当教授も「銚子は刺し身がおいしいんだって? 日本に呼んでごちそうしてくれ」と快諾した。

 事態は急転する。病院が市に提出した09年度から単年度黒字転換を目指す経営健全化計画に市内部から異論が出た。市は外部のコンサルタントに400万円で調査依頼。「見通しの甘い計画」とされ、院長は今年3月、任期を2年近く残し辞職。発表したコメントには「精神的に疲れ、燃え尽きた」とあった。事務局長も任を解かれた。後任の院長さえ迎えられない状態の中で診療態勢は崩壊した。

 そして、7月7日。岡野市長は突然、診療休止を発表する。市長によると「決断は4日前」。県から財政支援を引き出せなかったのが理由という。

 今も病院に残る松井医師には、複数の病院からスカウトが舞い込むが、納得できない。「地方で医師が不足しているのなら、政治の手腕が試される。だが、ここでは放棄された」

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 転院を迫られた患者に渡されたのは、医療機関名が空白の紹介状だった。

 このうち、市内で唯一の精神神経科への通院患者は約1000人。入院患者も年平均100人いる。空白の紹介状とともに、市外の13医療機関が記された紙も渡されたが、通院に片道2時間近い病院もあった。

 患者の家族で作る「黒潮会」の櫻根豊会長(71)は「300人程度しか受け皿はなかった。市は患者を放り出そうとした」と憤る。要望活動の結果、10月から同病院内に民間診療所が設置されるが、入院施設確保のめどは立っていない。

 隣接市にある国保旭中央病院(956床)には8月末までに、あて先のない紹介状を携えた「医療難民」が約220人押し寄せた。伊良部徳次・副院長(59)は言った。「銚子市は有効な策を打ち出さないまま『胴体着陸』した。考えられる中で最悪のシナリオだ」

 「公約違反ではないか」と岡野市長に問うと、きっぱりと答えが返ってきた。

 「(病院を)やれる金と医師がいてやめたら公約違反だが、ないんだから公約の中断です」

【新沼章、沢田石洋史】

 【ことば】銚子市立総合病院 前身は1950年設置の市立診療所。84年に総合病院化した。従来は市内最大の16診療科・393床あり、日大、千葉大から医師派遣を受けていた。市は毎年9億円を支援していたが、06年度は7億円、07年度は6億円を追加支援。市の貯金にあたる財政調整基金は08年度末見込みで約4億2000万円に減り底を突く寸前。累積赤字は約18億円。

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