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2008年09月14日(日) 22時23分

<パキスタン>不穏な足音 米地上軍がアフガン本格越境へ毎日新聞

 米国はアフガニスタンでの対テロ戦争で、パキスタン側を拠点とする武装勢力掃討のため、地上部隊をパキスタン側へ越境させる方針を打ち出した。武装勢力タリバンの勢力回復でアフガン情勢が悪化するなか、事態打開へ強い姿勢を示したものだ。だが、米軍越境が本格化すれば、米国とパキスタンの同盟関係に亀裂が入るのは避けられないばかりか、パキスタン国内の反米意識が高まり、同国がさらに不安定化することも必至だ。米国の選択は、対テロ戦をさらに泥沼化させかねない危険な側面をはらんでいる。【ワシントン小松健一、ニューデリー栗田慎一】

 ◇対テロ作戦 米の強硬姿勢に高まる反発

 11日付の米ニューヨーク・タイムズ紙は、ブッシュ米大統領が7月、パキスタン領内への米軍の越境攻撃にひそかに許可を出していたと伝えた。パキスタン政府の事前承認は必要としないという。

 10日にはマレン米統合参謀本部議長が、アフガンとパキスタン国境地帯に照準を合わせた「新戦略」を強調し、パキスタンのキヤニ陸軍参謀長が「パキスタン軍は全力で対テロ戦に当たっている。外国軍の領土侵入は主権侵害とみなす」と、異例の厳しい調子の緊急声明を発表したばかり。ブッシュ大統領の「侵攻許可」報道は、パキスタン国内の反米ムードをさらに高めるものとなった。

 米国がアフガン・パキスタン国境地帯での作戦強化を打ち出した背景には、パキスタンの部族支配地域でタリバンが勢力を温存し、国際テロ組織アルカイダとの連携を強めていることが、アフガンの治安悪化の原因と判断していることがある。米同時多発テロ首謀者のウサマ・ビンラディン容疑者もこの地域に潜伏しているとみている。

 米国はパキスタンに部族地域での軍事作戦を再三要請してきたが、「パキスタン軍の対応は限定的で効果がない。軍情報機関(ISI)はタリバンとの関係を維持しているとみられる」(元米国防総省担当者)との不満が、米国防総省内で高まっていた。

 だが一方で、米国の強硬姿勢は、ムシャラフ前政権が退陣しザルダリ新大統領が就任した機をとらえての、「掃討作戦を強化せよ」との圧力という見方もある。米国は01年の多発テロ事件直後にも、アーミテージ国務副長官がムシャラフ大統領(いずれも当時)に対し、「我々の側に付くか、それとも(米軍の空爆で)石器時代に戻るか」と、タリバン支援を撤回し対テロ戦同盟国となるよう脅迫まがいの圧力をかけたとされる。

 了承なしに他国に侵攻すれば、その国への戦争行為とも取られかねない。アフガンで米国とともに対テロ戦に当たる北大西洋条約機構(NATO)も、「NATO軍がパキスタン領内に越境することはない」と距離を置く。

 実際には米軍はこれまでも無人機などを使い、パキスタン領内への空爆などを実施。ムシャラフ前政権はこれを事実上容認してきた。今回、パキスタン軍が異例の強い反発を示した背景には、ザルダリ新政権の求心力が弱い現状で米軍が国内で軍事作戦を本格化すれば、武装勢力が勢いづき全土が戦場になりかねないばかりか、国民の反米感情が高まり、過激な反米政権が誕生して核管理まで危機に陥りかねないとの危機感があるとみられる。

 パキスタン軍は現在、ビンラディン容疑者が潜伏しているとも指摘される部族支配地域北部のバジョール管区や、北西辺境州内のスワート地区、ハング地区などに1万2000人の兵力を投入し、大規模な武装勢力掃討作戦を実施している。

 一方で米政府が「テロリストの聖域」と非難する北ワジリスタン、南ワジリスタンの両管区では、ギラニ首相が武装勢力との対話路線を開始した4月以降、掃討作戦は中断されたままだ。

 米軍は今月3日、南ワジリスタン管区に地上部隊を初侵攻させた。パキスタン軍は、限られた戦力を有効に活用するためにも、武装勢力の最大の拠点であるワジリスタンの前に外堀である北部を平定するとの戦略だが、米軍にはパキスタン側がワジリスタンで本格的な軍事行動を再開しないことへの、いら立ちもあるとみられる。

 ムシャラフ前政権が02年から、米国の圧力を受け武装勢力掃討作戦を開始した部族地域では、三百数十万人の住民のうち約100万人が自宅を失ったとされる。昨年のイスラマバードでのモスク占拠事件でも、占拠した神学生には多数、部族支配地域出身者が含まれていたとされるなど、掃討作戦はパキスタン全土の治安悪化をもたらしている。

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