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2008年09月13日(土) 17時45分

【連載】ブロードバンド“闘争”東京めたりっく通信物語 13. NTTはフィールド実験を渋々行った?J-CASTニュース

 このフィールド実験は、従来ADSLについて極めて否定的な見解を表明していたNTTが、その根拠を自らの手で証明する「必要」に迫られて、1998年2月から12月まで東京、大阪の24のビルで実施されたものだ。

 その必要とは、前年に郵政省の「ネットワークの高度化・多様化に関する懇談会」第二部会「加入者系ネットワークにおけるxDSLの可能性」が、「実証実験」を提言していたことに対処するためである。

 なお、この部会の座長は、国連大学グローコム教授公文俊平氏であった。また、かの小林君も、太田、筒井も両君も、ここのメンバーであった。

 東京インターネット会長の高橋徹氏も一員で、私にも情報が流れてきていた。さすがにNTTもお役所の提言であるから無視は出来なかった。それとともに米国USTRなどの接続料金引き下げ交渉を睨んで、ことがADSLに飛び火する事前の消火活動という狙いもあったと推測する。

 勿論、NTTのフィールド実験は、我々が試みたスタイルの公開実験とは程遠く、実験条件の設定から評価にいたるまで、すべてNTT技術陣の元で実施、検証された。

 要するにお役所仕事である。

 ただし、インターネット接続を前提としたものであるから、当然、ISPとの接続を必要とするのでOCNをはじめ12社のISPが動員され、112個所のモニター(利用者)が参加した。ただし、彼らはアンケートに答えるだけの存在でしかなく、客観性は全てNTTへの信用で担保されるものでしかなかった。

 実はこの実験に東京インターネットもISPとして参加している。会員企業である数理技研の本社がある新宿も、ADSLモデムが設置された。しかし測定などは許されず、退屈なことだけが印象に残っている。

 この実験結果は年末に図表を付けたニュースリリースとして公表され、その後、郵政省にも正式に報告された。いずれも電話重畳方式である。つまり、使用中の電話線にADSL波を乗せる。

 また、専門的になるが、その伝送仕様はNTT独自仕様のAnnexC方式ではなくITU-Tで標準化される以前の様々な仕様の既製品が使われていた。ADSL以外にもHDSL,SDSL.VDSLも実験の対象とされた。この実験結果の要点は以下のとおりである。

 これを見て読者諸氏はどのような感想を持たれるであろうか。 

 正直な感想として、東京めたりっく通信が2万ユーザー以上の規模でサービス開始した2年後に遭遇した場合と定性的には同様であったから、かなり正確に分析できていたと思われる。

 特にISDNの干渉については、それを排除するため、この後、AnnexCという日本仕様のADSLが開発される。しかしISDN回線が全国で数十万まで減少した現在となっては、無用の長物になってしまった。

 最も注目してもらいたいのは、一部繋がらないとか、繋がらない場合が多いとか、非常に曖昧な表現が多いことだ。まさにこれがずばりNTTの主張したかったことである。

 NTTのように全国民に同品質の一律のユニバーサル・サービスを提供している会社では、実験の結果でこのサービスは提供不可能と主張しているのだ。

 この考え方は、NTTの公式的見解として静かに確実に内外に浸透してゆく。なにしろ通信技術のトップであり国中の電話回線を100%近く支配している会社の主張なのだから、これに従うしかあるまい。たとえうまい打開策があっても、あの大組織が決定したことだ、まさか覆りはしまい。

 どうやら、ISDNというデジタル回線の普及に彼等は社運を掛けているようだ。これが全加入者電話線を覆うようでは、ADSLは使えないケースが多発するのだから、ADSLに将来はない。

 ADSLの素晴らしい性能を実際に目にしていない一般大衆がこのようにミス・リードされて行くのも不思議ではない。

 さらに、「技術的に使える条件のある電話線だけでも使えば良い」といういわゆる不均質サービスという概念は日本ではあまりなじまない。とくに公共サービスは、全員一律という社会主義的平等の観念が一般化している故、このNTTの見解を変更させることは、至難の業と見えた。

 ADSL解禁を待ち望んでいたヘビーユーザーにも、常時接続高速インターネットアクセス環境のビジネス展開に絶好のチャンスと様子をうかがっていた情報産業企業にも、絶望と脱力感が走った。

 日本はどうなってしまうのだ、この日本は変えられないのか。彼らの憤りは高まるが、NTTは微動だにせず、大規模なリストラの構想を暖めながら、翌年の会社分割に向け着実に歩みを進めていった。

 しかしこの頃、日本の外に一歩踏み出せば、米国で、とりわけ韓国で、ADSLは急速にブロードバンド通信革命の担い手として認知奨励され、国を上げての激変が急速に開始されつつあった。

 このようにNTTフィールド実験はそのやり方といい、実験結果のもって行き方といい、与えた影響といい、実に罪深いものであったのである。

【著者プロフィール】
東條 巖(とうじょう いわお)株式会社数理技研取締役会長。1944年、東京深川生まれ。東京大学工学部卒。同大学院中退の後79年、数理技研設立。東京インターネット誕生を経て、99年に東京めたりっく通信株式会社を創設、代表取締役に就任。2002年、株式会社数理技研社長に復帰、後に会長に退く。東京エンジェルズ社長、NextQ会長などを兼務し、ITベンチャー支援育成の日々を送る。

連載にあたってはJ-CASTニュースへ

東京めたりっく通信株式会社
1999年7月設立されたITベンチャー企業。日本のDSL回線(Digital Subscriber Line)を利用したインターネット常時接続サービスの草分け的存在。2001年6月にソフトバンクグループに買収されるまでにゼロからスタートし、全国で4万5千人のADSLユーザーを集めた。

写真
撮影 鷹野 晃
あのときの東京(1999年〜2003年)
鷹野晃
写真家高橋?氏の助手から独立。人物ポートレート、旅などをテーマに、雑誌、企業PR誌を中心に活動。東京を題材とした写真も多く、著書に「夕暮れ東京」(淡交社2007年)がある。

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