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2008年09月09日(火) 16時08分

リアルな姿を〜北京パラリンピック開幕ツカサネット新聞

北京パラリンピックが開幕した。
筆者の長男は生まれた時から障害がある。彼を授かってから「障害者」という括りものに対して以前よりも目が向くようになったし身近に感じられるようになったことは、家族にとってとてもよかったことだと思っている。

身近になってからよく感じるのは、障害者がマスメディア上に出るようなことに対しての、いろんな立ち位置の人々がそれぞれ違ったように感じるであろう「違和感」だ。

我が子の障害5万人に1人という珍しい症例であるが、出生当初、何でもいいから情報を、と、必死になってweb検索してすぐに見つけたのは、海外の、何度もマスメディアに取り上げられている同症例の女の子だった。彼女は顔の奇形がかなり重度なので、最初に写真を見た時はびっくりしたが、それでも元気で生きているということに、勇気をもらったものだ。でも、彼女の両親については、web上でも賛否両論であった。否定的な向き曰く「障害がある子どもを使った売名行為だ」と。

先日放送された24時間テレビについては、障害がある人たちを何人か、特集組のタレントと一緒の企画ものとして紹介してあったらしい。企画意図は、お涙ちょうだい、なのだろう。多くの人が涙なしでは見ることができないのだろうが、こんなお涙ちょうだい企画に対して売名行為だ、と言う人もまた同じように多くいるのだろうと推察できる。

筆者も現に、我が子の障害のことをメディア展開する機会があったが、売名、とは直接言われないまでも、子どもがかわいそう、などとの意見をもらったこともある。

だから、きっとパラリンピックも、そんな目で見る人たちがかなりいるだろうと思う。開、閉会式については特に、メディアに乗せる側としては意図的要素もあるだろうから。

しかし、競技は別である。編集ものでも企画ものでもない「リアル」だ。代表選手は、障害者の中でも特別な部類に入るかもしれないが、それでも心身の葛藤を乗り越え、前向きに努力し、限界に挑戦している人たちだというのに変わりない。障害があってもこれだけやれる。その、インパクトと言ったら五輪以上だ。

特定時期だけの企画ものも、もちろん意味はあると思うが、4年に一度の貴重な選手たちの姿が見られるパラリンピックを、もっとたくさん放送してほしい。お涙ちょうだいでも売名でもない、リアルな姿から、障害も一つの個性なんだ、と感じることができる人が増えるだろうから。

がんばれニッポン!


(記者:チカラハハ)

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