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2008年09月08日(月) 21時33分

【JR脱線事故】経営トップの責任はどこに 書類送検で立件困難さ浮き彫り産経新聞

 JR福知山線脱線事故で兵庫県警は8日、JR西日本幹部ら10人を書類送検し、3年4カ月以上に及ぶ捜査を終結した。平成8年の現場カーブの付け替え時や事故当時の経営トップは送検対象に含まれなかった。安全が第一に求められる公共交通機関が引き起こした未曾有の大惨事だけに、遺族の一部や専門家からは、当時の経営トップの刑事責任を強く求める意見があがっていたが、法的な壁もあり、立件は見送られた。
 「当然、トップの刑事責任は検討したが、社長が出席する役員会議で安全面に関する話はあがっていなかった」
 県警幹部がこう説明するように、経営トップが送検対象に入らなかったのは、事故当時の安全状況について詳しい報告を受けていなかったと判断されたことが大きな理由だ。
 県警は捜査の過程で、カーブ付け替え時以降の経営トップ、井手正敬(73)▽南谷昌二郎(67)▽垣内剛(64)−の歴代社長3人から参考人聴取した。
 いずれも現場カーブの安全対策について「報告を受けていなかった」と供述したとみられる。また役員会議の議事録にも、事故現場の安全対策を話し合った記録はなかった。
 国交省の航空・鉄道事故調査委員会も最終報告書で「会社(JR西)の安全管理に係る実務面の責任者は安全推進部長(旧・安全対策室長)である」と、経営と安全面の責任者は別との見解を示している。
 経営トップの責任追及を見送ったことについて、元最高検検事の土本武司・白鴎大法科大学院長(刑事法)は「妥当な判断だったと思う」と話す。
 「安全対策の責任は経営トップが負うものと考えるのが普通だが、会社組織が大きいほど、トップの責任追及は難しい。事故の起こる状況について正確に理解していなければ責任は問えないのが現状だ」
 過去の鉄道事故で、経営トップの責任が問われたのは福井県で平成13年6月に起きた京福電鉄の正面衝突だ。運転士が信号を見落としたことが事故を引き起こし、乗客ら25人が重軽傷を負った。
 福井県警は以前にも計5カ所で信号見落としがあったのに、経営陣が自動列車停止装置(ATS)などの安全対策を怠ったことが原因として、事故当時の社長を書類送検した。
 だが、国交省が鉄道会社にATS設置を義務付けたのは事故後の14年2月。福井地検は、運転士のミスを予想できる可能性が本来低いのに、巨額投資が必要なATSを設置する注意義務まで経営陣に求めるのは難しいと判断し、不起訴とした。
 また、520人の犠牲者を出した昭和60年8月の日航ジャンボ機墜落事故では、遺族らが当時の日航と米・ボーイング社の社長ら経営陣を告訴、告発したが、検察側は不起訴処分としている。
 公共交通機関の事故で組織トップの責任を問うことが難しいのは、適用罪状が個人の過失を罰する刑法の業務上過失致死傷罪であるためだ。現行法では、事故発生時に組織としての過失責任を問う法律はない。捜査当局は社長であってもあくまで個人としての過失を立証しなければならない。
 福知山線の事故で書類送検された安全対策の幹部らの立件でさえも「個人の過失を問うのは非常に難しかった。あらゆる切り口を考えた」(兵庫県警幹部)というほどだ。
 鉄道事故に詳しい安部誠治・関西大教授(公益事業論)は「事故の再発防止という観点から言えば、経営トップの刑事責任を問うのは必ずしも有益とは言えない。とはいえ、大きな事故について、責任者に業務上過失致死傷罪を適用する現状にのっとって考えるならば、業務を統括する社長が書類送検されないという今回の書類送検の内容は理解しがたい。事故の法人責任のあり方については、さらに検討を進めていく必要がある」と話している。

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