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2008年09月01日(月) 12時00分

「報酬があれば潜在意識が教えてくれる」:人間で初めて実証WIRED VISION

行動分析学の権威バラス・F・スキナーは70年前、「潜在意識レベルでの学習」について、ラットやハトを用いて詳述した。同様の現象が、このほど人間でも初めて実証された。

意識的な認識を行なわないとされる動物でも、適切な報酬を与えれば、驚くほど複雑な行動を学習できることは、行動分析学の専門家によってずいぶん前から実証されてきた。フランスのパリにある神経画像研究センターの神経科学者Mathias Pessiglione氏らのチームは、人間も、動物と同様の方法で学習できることを実証したのだ。

今回の研究は、人間の方が知覚の処理能力がはるかに優れているにもかかわらず、動物と同じような学習方法が見られることについて、神経生物学的な根拠まで提示した。

研究結果は『Neuron』誌に「「潜在意識レベルでの道具的条件付けを脳で実証」というタイトルのもとに発表された[道具的条件付け(オペラント条件付け)についてのウィキペディアの解説はこちら]。

実験は、条件付けにおいて意識的な推理を排除するよう、巧妙に設計された。被験者には500分の1秒足らずの間、1つのヒントが見せられた。視覚で意識するには短すぎる時間だ。(被験者にヒントを見せる時間を制限することで、脳の意識的な視覚システムが情報を処理できないようにしたわけだ。実際被験者は、実験後にヒントを見せられても、それを前に見ていることを思い出せなかった。)

それから被験者は、ボタンを押したら金銭的な報酬が発生するかどうかを「直感で」判断するよう求められた。

被験者たちは、63%の割合で正しいボタンを選ぶことができた。ただし、報酬を受け取れる場合に限ってだ。報酬がないときは、偶然による割合を上回ることはなかった。

心理学者などから成る研究チームは、磁気共鳴映像法(MRI)を利用し、潜在意識レベルの学習にかかわる部位も特定した。脳の原始的な部位である線条体だ。

被験者の脳をスキャンした結果、ヒントを短時間見せられても、脳の中央処理センターは動かないことが分かった。その代わりに動いたのが線条体で、機械的な学習アルゴリズムで問題を解決すると考えられている部位だ。

「線条体は、学習における重要性が非常に高い。その原始的な構造から判断すると、おそらく機械的な学習と関係していると見られる。この点にはほぼ全員、異論はないと思う」と言うのは、論文の執筆者に名を連ねている、ロンドン大学ユニバーシティー・カレッジの心理学者Chris Frith氏だ。

Pessiglione氏は、「私にとって、これは基本的な成果だ。潜在意識的なヒントとその結果のつながりを、脳が半意識的に学習できることはわかっている」と話す。「作業の種類によっては、線条体の方が、あなたよりも多くのことを知っているのだ」

ボストン大学の心理学者渡辺武郎氏は、今回の研究には参加していないが、この研究は、人は、[意識的には]見えないヒントを与えることで、知らないシステムを学習するよう訓練できることを明確に示していると語った。

「彼らは、見えないヒントに基づいた関連づけ学習の効果を実証した」と渡辺氏は言う。「彼らは非常に重要な成果を出したと思う」

今回の実験で得られた証拠は、線条体が脳の「本能的な直感」の中枢であることを示している。ただし、神経科学者のPessiglione氏は、これまでに行なってきた研究に基づけば、意思決定においては意識的な思考がきわめて重要な役割を果たしていることに変わりないという(結局、線条体の正解率は3分の2にすぎなかった)。

「ヒントと結果の関係に意識的に気が付くと、その現象を増幅させる」とPessiglione氏は説明する。「より良い選択をするようになる」

Pessiglione氏はまた、今回の研究結果を広告などの実用的なものに応用できるとは考えていないようだ。ただし、人間の営みの一定の状況下では、本能的な直感を信じることが理にかなうときもある。

線条体がもっとも真価を発揮するのは、報酬が大きい、単純な意思決定の場面だ。つまり、意識による観察では見逃してしまう情報を、潜在意識に働きかけるヒントが伝えてくれるような場面だ。例えば、ポーカーをしている最中の「ふとしたしぐさや気配」だ。

「ポーカーをしていると、(あのプレイヤーは)ブラフをしていると何かが教えてくれる瞬間がある」とPessiglione氏は言う。「賭け金を上げるべきだ、という直感が働くことがあるが、本人にもその理由はわからない。だが、金が手に入るという形で報われる。これは線条体に備わっている力のように思われる」

ポーカーが強い人がいるように、Pessiglione氏らの研究でも、直感を使って金を稼ぐことに秀でた被験者が何人かいた。人より勘がいいとか、Pessiglione氏がいうところの「特殊な力」があると信じている被験者は、実際に直感が優れていたという。

「これらの被験者は、自分に特殊な力があると確信していた」とPessiglione氏は言う。「こういう確信には、ある意味精神疾患的傾向があると言える」

Pessiglione氏はそうした事実から、自分には特殊な力があると思い込むことが多い統合失調症の人は、少なくとも1つは本当に力を持っているのではないかと考え始めた。それは高度な直感という力だ。

「統合失調症の人を調べたことはないが、もしかしたら普通の人よりこの点が優れているかもしれない」とPessiglione氏は語った。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080901-00000004-wvn-sci