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2008年08月31日(日) 11時19分

消費混迷の時代に勝つ セブン&アイ、ディスカウントストア参入の理由産経新聞

 流通最大手のセブン&アイ・ホールディングスが、食品を中心に品ぞろえした「ザ・プライス」1号店を東京都内に29日オープンし、ディスカウントストア業態に参入した。生活必需品の値上げや個人所得の伸び悩みを受け、消費者の急速な節約志向に対応するためだ。総合スーパーの長期低迷は、流通業界に共通の課題。ライバル・イオンが郊外型の大規模なスーパーセンターを志向する成長戦略とは対照的に、都市型の既存店舗を活用した新業態進出で、消費構造の変化を多角的にとらえる総合戦略だ。消費混迷の時代を制するのはどこか。

 ■安いだけではダメ

 「食品やガソリンの相次ぐ値上げによる家計への圧迫はものすごい。生活応援セールや割安なPB(自主企画)商品の投入などいろんな形でやってきたが、対応が追いついていない」

 セブン&アイの担当者は危機感をあらわにする。メーカーが値上げしたカップめんなどが売り上げを大きく落とす一方、安価なPB商品の売り上げは倍増。割高感のある牛肉が苦戦し、鳥インフルエンザ問題などで一時は敬遠された鶏肉が復調するなど、消費者は生活防衛志向を強めている。

 とはいえ、デフレ時代のように安売りを強調するだけでは店ももたない。インフレが進行する中で他店に勝つ品ぞろえと価格をどう実現するか。流通大手の現場のプロには明確な答えが見いだせない。

 そんな消費混迷の時代に、セブン&アイが示したひとつの回答が、ディスカウントストア1号店となる「ザ・プライス西新井店」だ。イトーヨーカドー西新井店(東京都足立区)を改装した同店は、食料品8割、衣料・日用品2割という商品構成。人気のPB商品ではなく、一流メーカー(NB)の商品を扱う。

 安さを実現する方法はこんな具合だ。品数はイトーヨーカ堂の半分程度の約1万6000品目に絞る。メーカー在庫などを仕入れ、売れ残りリスクを抑える。加工食品や日用品は仕入れ先を新規に開拓し、メーカーとの直取引も増やした。

 また、ディスカウントストアといっても、「今の消費者は安いだけでは買ってくれない」ため、品質と価格の両立も重要だ。黒毛和牛や鹿児島県産黒豚は1頭丸ごと仕入れることで、単価を安くする。野菜も形はふぞろいながら、よい品を契約農家から直送する。

 一方、チラシの回数を減らしたり、正社員以外のパートの割合を増やすなど店舗運営費も極力削減した。

 ■オーケーを見習え

 「価格で勝負できる店」のアイデアは春に持ち上がった。鈴木敏文会長や傘下の総合スーパー、イトーヨーカ堂の亀井淳社長ら首脳陣が出店を決定し、すぐに開発チームが組織された。ヨーカ堂の店長クラスの社員をリーダーに30、40代の中堅社員が集結。品ぞろええや調達ルートなどを話し合い、「かなり早いスピード」(同社)でオープンまでこぎつけた。

 実は、参考となる成功例もある。ディスカウント型の中堅スーパーを首都圏で展開する「オーケー」だ。総菜など一部を除きPB商品を扱わず、NB商品を地域最安値で販売する。「EDLP(エブリ・デー・ロー・プライス=毎日低価販売)」方式で消費者の支持を受け、成長を続ける。

 さらに、神奈川県の中堅食品スーパー「三和」も同様に、消費者ニーズをとらえた品ぞろえと価格で業界の注目を集める存在だ。セブン&アイが食品中心のこうした強い安売りチェーンを研究し尽くしたのはいうまでもない。

 ■多角的な対応

 ただ、セブン&アイは、現在の総合スーパーを新たなディスカウントストアに全面的に業態転換するわけではない。同社は総合スーパーを「生活提案型」の業態とし、ディスカウントストアを「生活応援型」としてすみわけるという。変化の激しい消費の時代を生き抜くには、デパートから総合スーパー、食品スーパー、ディスカウントストア、コンビニエンスストアを総合展開し、多角的に対応するのがセブン&アイの戦略といえそうだ。

 だが、ザ・プライスの価格帯はイトーヨーカ堂より1〜3割程度安い。出店地域ですみわけるといっても、「総合スーパーの存在意義を否定する」(大手ディスカウントストア幹部)一面があるのも事実。また、ディスカウントでPB商品を扱わない方針も、本来スケールメリットの追求が本質のPBだけに、いずれ併売するとみられる。ただ、セブン&アイは「うまくいくのか不安はあるが、(社内に)反対はない。現場は出店の必要性を感じている」と不退転の決意だ。

 流通業界では、中堅スーパーの長崎屋が店舗の大半をディスカウント業態に転換し、各社は安売り路線を強化している。米国流のEDLP方式を直輸入した米ウオルマートストアーズ傘下の西友は日本での適応に試行錯誤を繰り返すが、時代が早すぎたという指摘もあり、今後も要注意だ。

 さらに、国内で2強と呼ばれるライバルのイオンは、東北で郊外型の巨大なディスカウント業態のスーパーセンターを展開し、成長路線をひた走る。地方ではガソリン価格高騰で郊外型店舗の淘汰(とうた)も進むとみられるが、同社は魅力ある店舗は生き残れるとむしろ自信を深めているようだ。

 ■カギを握る仕入れ

 各社ともディスカウントストア成功のカギは、NB商品を安く仕入れる仕組みにあるとみる。このため、安さを売り物にされるメーカーには困惑も広がる。

 メーカーにすれば、小売り各社が低価格のPB商品を相次いで投入し、隣にNB商品を並べて安さを強調され、結果的に売り上げを奪われているとの不満がある。しかも、店の棚に置いてもらえる商品の数も減り続けている。これ以上、仕入れで買いたたかれて利益を失ってはたまらないとの警戒心が渦巻く。それだけに、「メーカーは価格設定を主導できない。販促を強化し、適正価格での販売を求めるしか太刀打ちできない」(食品メーカー幹部)と嘆きの声も漏れる。

 だが、キリンビールの三宅占二社長は「価格パフォーマンスを求める人も、価値を求める人もいる。切り口はたくさんある方がいいのではないか」と話す。消費者に強く支持されるブランド力を築けば、小売りとも対等に交渉できるのだ。

 セブン&アイが仕掛けた新ディスカウントストアが今後、どういう波紋を広げていくのか。同社は西新井店の反響を見たうえで、ザ・プライスの出店規模やペースを考えるという。ただ、出店形態は同店のように老朽化した駅前の総合スーパーの転換や、新規出店も検討している。

 流通業界のライバルたちは、セブン&アイの動向にしばらく目が離せない。

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