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2008年08月22日(金) 00時00分

地震に強いPHS:理由は基地局のシステムにあった読売新聞

 巨大地震では携帯電話が使えなくなることが多いが、PHSは問題なく通話できた、という声をよく聞く。なぜPHSは地震に強いのか、その理由は基地局のしくみの違いにあった。(テクニカルライター・三上洋)

岩手・宮城内陸地震でもPHSは通話規制「0%」 岩手・宮城内陸地震での通話規制(6月14日午前10時までの最大値) NTTドコモ87.5% au80% ソフトバンク70% NTT東日本87% ウィルコム0%

 以前の記事「岩手・宮城地震:宮城県栗原市、秋田県湯沢市などで携帯電話障害」でもとりあげたが、岩手・宮城内陸地震では携帯電話やNTTの固定電話で通話規制が行われた。被災地への電話が殺到したためで、上の表のように各社は最大で70〜87.5%の通話規制をかけている。通話規制をかけるのは、電話が殺到してシステムがパンクしないように、また公共団体などの電話回線を確保するためで、巨大地震では必ず起きる現象だ。

 ところが表を見てもわかるように、PHSのウィルコムだけは通話規制を一切かけなかった。ウィルコムによれば「記録を見る限り、地震の際に通話規制をかけたことはないようだ」とのこと。

 通話規制をかけずに済む理由は2つ考えられる。1つは基地局の回線に余裕があること。あとで詳しく紹介するがPHSの基地局は、携帯電話の基地局に比べて絶対数が多く、回線に余裕がある。「トラフィックに厚みがあるので、今までの地震では通話が輻輳(ふくそう)したことがない(ウィルコム)」とのことで、余裕があることが大きな理由だろう。もう1つの理由としては、契約者が少ないこと。携帯電話に比べれば、契約者が1桁少ないので、安否確認の電話が殺到する割合もそれだけ低いことになる。

病院や法人契約のPHSが、岩手・宮城内陸地震で活躍

PHS基地局のアンテナ。携帯電話の基地局に比べて絶対数が多く、重なり合うようにして分散設置されている。そのため回線に余裕があり、地震でも通話規制をかけたことはないそうだ

 岩手・宮城内陸地震でも、PHSが役に立った例が多くある。ウィルコムのインタビュー調査(法人や病院など)からいくつかの例を見てみよう。

・利用する運送会社が携帯電話だったため連絡が取れず。会社で使っていたPHSは問題なく使えた(岩手県県南及び全国の卸業者)

・営業用に導入した携帯電話50台はつながらず。PHSと光IP電話で連絡をとっていた(岩手県県南の小売業者)

・携帯はつながらず。PHSで社員の連絡をとった(宮城県北部の製造業者)

・病院内の連絡網にPHSを使っているが支障なく運用できた。個人携帯はつながりにくい(宮城県北部の病院)

といったように、会社や病院では法人契約のPHSが活躍したようだ。ウィルコム側の調査なので多少は割り引いて考える必要があるが、それでも携帯電話に比べればPHSが地震に強いのは間違いなさそう。

 岩手・宮城内陸地震では、携帯電話の基地局が回線トラブルなどでダウンしている。そのため一部エリアでは、携帯電話が数時間利用できなかった。それに比べて、PHSは安定して使えたという声が多い。

 また中国で起きた四川大地震でも、PHSが地震に強いことが報道されている。中国の新聞社サイトは「PHSが被災地の通信手段として活躍した」「被災地に中国電信がPHSを緊急増設した」と伝えている。中国はPHS大国で、以前より減ってはいるものの、9000万人前後の利用者がいる。四川大地震では、携帯電話に比べてPHSのほうが安定して使えていたようだ。

PHSが地震に強い理由は「マイクロセル」と呼ばれる方式のため

 PHSが地震に強い理由は、「マイクロセル方式」と呼ばれるシステムを採用しているためだ。

 携帯電話では図1のように1つの基地局で、数km四方の広いエリアをカバーする。カバーエリアが広いため、数千人以上の携帯電話を1つの基地局でカバーすることになる。また携帯電話の基地局は、システムの問題で同じエリアを重複してカバーすることが難しい。そのため1つの基地局がダウンしてしまうと、その地域では携帯電話が一切使えなくなり、数千人〜数万人が影響を受ける。


図1:携帯電話の基地局のシステム。1つの基地局が広範囲をカバーしている。そのため災害で基地局がダウンすると、広範囲のエリアが通話不能になってしまう(ウィルコムの資料による)

 それに対してPHSの基地局は、図2のように複数の基地局が重なり合うようにカバーしている。PHSは電波の出力が弱いため、1つの基地局がカバーするのは数百メートル程度に過ぎない。また1つの基地局が収容できる回線も、最大6回線と非常に少ない。カバーエリアが狭く、収容できる回線も少ないため、複数の基地局を重なり合うようにして設置する必要があるわけだ。これを「マイクロセル方式」と呼んでいる。


図2:「マイクロセル方式」と呼ばれるPHSの基地局のシステム。パワーの小さい基地局が重なり合ってカバーしている。そのため1つの基地局がダウンしても、ほかの基地局からの電波でPHSを利用できる(ウィルコムの資料による)

 マイクロセル方式では、基地局が1つダウンしても大きな問題はない。元々が重なるようにして基地局があるため、1つがダウンしても、他の基地局がカバーできるためだ。そのため地震などで基地局がいくつかダウンしても、他の基地局が生きていればPHSを利用できる。

 携帯電話では基地局が1つダウンしただけで、そのエリアは一切通話不能。それに対してPHSは、基地局が重なり合いながら、かつ分散しているため、数局の基地局がダウンしてもエリア全体がダメになることはない。PHSが地震に強い理由はここにある。

会社・公共団体での利用に役立つ?

 ただしPHSといえども、災害に対して万能なわけではない。たとえば広域の停電が起きた場合は、携帯電話・PHSともに使えなくなるだろう。基地局には非常用電源があるが、携帯電話・PHSともに数時間程度しか稼動できないからだ。広いエリアで長時間の停電が合った場合、PHSでも通話できなくなってしまう。

 とはいうものの、携帯電話より地震に強いことは、何度かの地震で証明されている。特に会社や病院などでは、災害対応の連絡にPHSが活躍している。そのため公共団体からも、PHSを導入したいという問い合わせがウィルコムにも来ているそうだ。災害のためだけに個人でPHSを持つことは現実的ではないだろうが、会社や公共団体などではPHSを検討してもいいかもしれない。

http://www.yomiuri.co.jp/net/security/goshinjyutsu/20080818nt07.htm