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2008年08月12日(火) 11時14分

『名作マンガの間取り』影山明仁著〜読者レビューオーマイニュース

 本書は建築コンサルタントである著者がマンガを中心としたフィクション作品に登場する建物の間取り図を作品中の描写を元に作図したものである。取り上げる間取りは『ドラえもん』の野比邸や『サザエさん』の磯野邸など住宅がほとんどである。

 一方で『ナニワ金融道』の帝国金融や『機動警察パトレイバー』の特車二課のように事業所の間取りもある。マンガに登場する間取りを集めただけでも斬新な企画であるが、事業所の間取りが出てくるとは想像できなかった。著者の設計経験とマンガ読書量の豊富さがうかがえる。

 実際に作品中の建物の間取りを作図すると、さまざまな無理や矛盾が生じており、著者の想像で補ったという。設計士から見た突っ込みどころを、ユーモラスにコメントしている。

 著者は「あとがき」で家族仲がよく、特に母親の存在が大きい作品の建物は作図しやすかったと感想を述べる(110ページ)。人間関係における住環境の重要性を示唆している。これは現実世界の問題であるが、マンガの世界にも適合している点が面白い。

 本書で取り上げた中で記者(=林田)にとって最もなじみ深い作品は『ドラえもん』である。実際に野比邸の間取り図を見ると部屋数の多さに驚かされた。居候のドラえもんを除外すれば、子ども一人の三人家族であるが、間取りは5DKである。のび太の幼いころは祖母と同居していた描写もあり、2階の一部屋が祖母の部屋だったと推測される。1階には居間(和室)と洋室(応接室)が別々に存在する点が特徴的である。

 気になった点は、のび太の机が南向きの窓に面して置かれている点である。直射日光が当たる南向きの場合、一般に集中力が途切れがちで、落ち着いて勉強しにくい。のび太は、机に向かうと5 分であくびが出てしまうが、机の向きも一因ではなかろうか。机の向きを変えると少しは勉強好きになるかもしれない。

 これに対して『あたしンち』の立花邸では子ども部屋を北側の部屋(窓は東向き)にしている。立花家では両親がユニークなキャラクターであるのに対し、相対的に子どもたちは常識人である。キャラクターと間取りの相関が感じられて興味深い。

 日本人は農耕民族としての伝統からか、陽光を最大限に享受できる南向きの人気が高かった。しかし、日照が強い南向きは勉強部屋に向かない上に、急激な室温上昇や壁紙・家具・カーテンの退色などのデメリットがある。反対に北向きの窓ならば年間を通して柔らかく安定した採光が得られる。住宅事情が悪いための消極的選択という面も皆無ではないが、最近では南向き神話は弱まりつつある。

 それを端的に示したのは記者が原告となって、マンション売り主の東急不動産を訴えた裁判である。この裁判の東京地裁判決では北側の窓の日照阻害などを理由に売買契約の取り消しが認定された。

 この判決は不動産売買契約について消費者契約法に基づく取り消しを正面から認めた点で先例的価値を有するが、北側の窓からの日照阻害を重要事項と認定した点にも意義がある。日照といえば南向きという図式の崩壊が裁判でも裏付けられたのである。

 本書はタイトルに名作マンガとあるとおり、古い作品が多いが、その中で相対的に新しい作品に『カードキャプターさくら』がある。この作品の木之本邸は一戸建てであるが、階段を南側に配置しており、南からの居室への日照は期待できない。ベランダは西向きに設置している。ここには南向き神話は見られない。時代別に作品を整理して間取りを分析すると、時代の傾向が発見できるかもしれない。

 間取り図からキャラクターの特徴や作品の時代に思いをはせることができる。本書はさまざまな点で想像力を刺激させてくれる1冊である。

『名作マンガの間取り』
ソフトバンク クリエイティブ
2008年8月8日発行
定価952円(税別)
111ページ

(記者:林田 力)

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