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2008年08月08日(金) 00時00分

イカめし(北海道函館市)読売新聞

 日本人はイカが大好きだ。昨年の総務省家計調査によると、一世帯あたり年間3キロ)前後のイカを購入しており、マグロやサケを抑えて魚介トップ。この食卓の名脇役が主役を張るのが、函館のイカめしだ。


輪切りにしたイカめし。めくれた皮と中のもち米に甘辛い煮汁がよくしみている
スルメイカともち米が合う
もっちりした歯応えの煮物

 スルメイカ漁が解禁になって間もなくの6月初旬の朝、函館港の卸売市場には生イカがぎっしり詰まった箱が並び、仲買人たちは活気に満ちていた。禁漁となる来年1月末まで見られる光景だ。

 北海道近海は三陸沖と並ぶ好漁場。中でも函館市は、年間約2万6000トン(平成18年)とダントツの水揚げ高を誇る。


星野さんの友人が集まり、イカ料理を囲んだ。左から山キヌ子、佐藤尚子、寺村静子、星野三津枝、吉沢英子、小笠原裕子さん

 スルメイカは秋から冬に東シナ海〜山陰沖で卵を産み、日本海の対馬海流、太平洋の黒潮に乗って成長しながら北上する。北海道に着くころに成体になり、産卵のため折り返して南へ戻っていく。1年の寿命で、南北を回遊して種を維持しているのだ。

 「燃料の高騰で出漁する船が減ったから、今年のマイカは少ないね。でも味は良いよ」と言うのは、港の近くで水産加工業を営む星野浩治さん(66)。「マイカ」はスルメイカの通称。夜の海で、集魚灯の下に集まるイカを獲るイカ釣り漁船は燃料費がかさみ、最近の原油高のあおりを受けている。

 とはいえ、イカは“函館の魚”。朝市や鮮魚店は港から直送した「朝イカ」をそろえる。星野さんの店にも塩辛や一夜干し、スルメが並ぶ。市認定の“イカマイスター” でもある妻の三津枝さん(61)に、この「朝イカ」を使ったイカめしの作り方を教わった。

 用意するのは生のスルメイカともち米に、調味料の酒、みりん、しょうゆ、砂糖。まずはスルメイカの足と内臓を取り、水洗いする。スルメイカの腹にもち米を詰めるのに、三津枝さんは500ミリ・リットルのペットボトルの上部を切り、漏斗にして使っている。


森駅の「いかめし」470円。もち米とうるち米のブレンド米を使用。百貨店での販売利益が、総利益の約98%を占めるという

 「気をつけるのは、味がしみる皮を取らないことと、爆発しないようもち米を入れすぎないこと」と三津枝さんがアドバイス。煮るとグッと縮むため、もち米はイカの3分の1ほどでよいという。

 楊枝で口を閉じたスルメイカを鍋に寝かせ、ここに水、酒、みりん、しょうゆ、砂糖を入れる。アクをとりながら1時間ほど煮たらできあがり。「やわらかくするには、弱火でじっくり煮るのが大切」と三津枝さん。冷ましてから輪切りにして皿に盛りつける。

 一切れを口にすると、イカの弾力にもち米のモチモチ感が重なり、かむほどに煮汁とイカのうまみが広がった。甘口のやわらかな味付けがさらに食欲をそそる。イカの身は高タンパクで低カロリー。コレステロールの排出を促すアミノ酸のタウリンも含まれている。

 卓上のイカ料理を味わってみて、日本人のイカ好きの理由がわかる気がした。刺し身や煮物、焼き物、酢の物、フライ、辛みそあえなど、イカは独特の歯応えと甘みを残したまま様々に姿を変え、しょうゆやみそともよくなじむ。

 「昔は刺し身とスルメ、塩辛だけだった」と浩治さんが言うように、イカめしが広まったのは戦後しばらくしてから。全国的な知名度を得るきっかけとなったのが、函館から函館線特急で約1時間の森駅にある駅弁「 いかめし」だ。

 販売元の安部商店・今井俊治社長(60)によると、駅前旅館だった昭和16年に旅客や軍人に売ったのが始まり。昭和40年代、首都圏の百貨店で全国の駅弁を集めるイベントが始まって人気が沸騰した。京王百貨店新宿店の「駅弁の甲子園」では、売り上げ数1位40回を数える。「ファストフード的な安さとノスタルジックな要素がうけるのでしょう」と今井社長。駅弁を大都会で買う時代なのだ。

 この日泊まった湯の川温泉の宿からは津軽海峡に浮かぶ漁火が見えた。集魚灯や冷凍技術は進歩し、イカ料理の多様性はそのままこの国の食卓の歩みを映し出している。燃料高騰による打撃が、この歩みに水を差さないようにと願った。

(文/福崎圭介 写真/児山毅)

旅行読売9月号より

http://www.yomiuri.co.jp/tabi/gourmet/fudoki/20080808tb04.htm