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2008年08月04日(月) 00時00分

「ほぼ日」10周年記念に吉本隆明講演デジタル化読売新聞


糸井重里  いとい・しげさと
「ほぼ日刊イトイ新聞」編集長
 1948年群馬県出身。70年代からコピーライターとして大ヒットを飛ばす。ファミコンソフト製作、作詞など活動は多彩。98年6月「ほぼ日刊イトイ新聞」を開設。「ほぼ日刊イトイ新聞の本」「インターネット的」「オトナ語の謎。」「言いまつがい」「小さい言葉をうたう場所」「はたらきたい。」など著書多数。http://www.1101.com/
撮影=瀧渡尚樹

 クリエーターが発表する場を作ろうと、糸井重里さんが「ほぼ日刊イトイ新聞(ほぼ日)」を立ち上げて、10年が過ぎた。毎日更新を続けるサイトには各界著名人が続々と登場し、オリジナル書籍やグッズ販売、ユニークなコンテンツが盛りだくさんな人気サイトに育っている。10周年記念の「吉本隆明プロジェクト」では、「思想界の巨人」吉本隆明さん(83)の講演をデジタル化したCD集を出版したばかりだ。サイトの歩みと今を聞いた。

10年間毎日ずっと続けること
——「ほぼ日」が10年を過ぎました。やりたかったことは実現できていますか?

糸井 最初は3万人くらいが読んでくれればいいなあと思っていました。僕、野球が好きで、野球場のお客さんが3万人くらいなんです。その人たちが「わあー」っていうイメージ。それが意外と早く3年くらいで実現しました。

 次が飛び跳ねて100万アクセス。100万アクセスを人数にすると10万人以上になる。相当な人が「見たよ」って言ってくれる数字です。それも実際に実現して(=現在約140万アクセス、ユニークユーザー12万人)、そこから先のことは考えてなかったんです。

 最初にやりたかったことだけでなく、グッズ販売など途中で思いついたことなどもどんどん実現しています。スタートしたときに持っていた漠然とした夢は、とっくに追い越しました。

 大規模なサイトに集まるのは、用事がある人ばかり。毎日ニュースを見るとか、天気予報を見るとか、オークションをするとか。今ぐらいの人数で、「この話はこの人たちが喜んだ」「この商品はこの人たちが喜んだ」といったことを繰り返して、「毎日面白いよ」といわれ続けたいですね。

——10年以上、1日も休まずコラムを書き続けています。

糸井 もともと「ほぼ日刊」ってつけているくらいですから、「ほぼ」の気持ちで始めたのですが、「ほぼといいながら毎日」と書かれたりするとうれしいんですよ、やっぱり。いつ休む権利を行使しようかなあ、と思うんですけど、1日休んだら毎日って言えなくなっちゃうのが、もったいなくて。

——糸井さんと吉本隆明さんとの対談で、吉本さんが「10年間毎日ずっとやって、もしそれでモノにならなかったらオレの首やるよ」と発言されました。

糸井 6年くらい前に吉本さんと雑誌の連載でお会いして、発言そのものは、仕事に関して若い人に向けた言葉だったのですが、自分が一番肝に銘じちゃって。「毎日ですよ、休んじゃダメですよ」と言われて、「よし、やってみよう」となったわけです。

——吉本さんといえば、戦後を代表する思想家です。40代以上なら大学時代に著書も手にしたでしょうし、若い人には、作家吉本ばななさんのお父さんという方が知られているかもしれません。その吉本さんとの出会いは?

糸井 20年以上前、通信社から対談の話がありました。今となっては吉本さんの方が正しかったのですが、当時吉本さんが「『反核』異論」をめぐって総攻撃受けていて、自分と一緒の場所にいるのはよした方がいいとご自分から辞退されました。そのときに吉本さんに「いつでも遊びに来てください」と言われて、本当に遊びに行ったのが始まりです。

 吉本さんは上下関係にこだわらない人で、例えば野球見ていて「あれはどうなの?」って逆に聞いてきたりするんですよ。コンサートとかも一緒に行ったりしますし。僕は、吉本さんのところにキムタク(木村拓哉)も宮沢りえちゃんも連れていってます。何か感じてほしいっていう気持ちがあって。

 親しく付き合ってた文学者とどんなことをしていたとか、そのとき誰がどう言ったとか、日本近代文学史みたいな話がもうぽろぽろぽろぽろ出てくるんですよ。そういう話を、吉本さんが台所でお茶を入れながらしてくれる。こんな面白い話を自分一人で聞いているっていうのはもったいないだろうって思っていたんです。

——その長年のお付き合いが講演集に至るのは?

糸井 吉本さんの講演のテープがたくさん残っているという話がでました。170回分。その都度その都度、「聞き逃すまじ」としていた人がいっぱいいた訳です。その音源を日本近代文学館で保存できないかという話もでたけれど、テープを保存する仕組みがどこにもなくて引き受けられなかった。講演集を作るのにお金がかかるのも目に見えていて、買う人がいないのも目に見えている訳で。「俺も聞きたいし」から始まって、実際に聞かせてもらったら、これが面白いんですよ。

 とにかくテープが劣化してなくなっちゃうことが一番怖くて。まずデジタル音源に置き換える必要があるんですが、お金がかかります。そこで、音源全部を僕が引き受けて、仕事にしてしまえと。後は一つずつ必死になってどうしていけばいいか考えようと決意しました。

 1年半くらい前に、聞き始めるところから始めて。散歩する時だとか、寝る前だとか、とにかくテープ聞いて。どうやったら一番伝わるだろうということをずっと1人で考えてきた期間と、デジタル音源に落としていく仕事と、目次立てすることとかを、全部並行して続けてきました。

——いよいよ、その吉本さんのCD集「吉本隆明 五十度の講演」(5万円)が発売になりました。

糸井 CD115枚。尋常じゃないです。徹夜で聞いても丸5日間たっぷりかかります。50講演は吉本さんと一緒に選びました。

 でも、面白いですよ、講演をずうっと聞いていると。昔の「共同幻想論」とか「言語にとって美とは何か」とかがよくわかりますよ。オレの世代の人に、笑いながら教えてあげたい。

http://www.yomiuri.co.jp/net/interview/20080804nt07.htm