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2008年07月29日(火) 18時57分

トウ小平の「先富論」は破綻したのか?オーマイニュース

 中国の昆明で起きたバス連続爆破事件は、世界に大きな衝撃を与えている。

 事件の起きた時期が時期だけに、内外から北京五輪に反対する勢力によるテロではないかという懸念や憶測が乱れ飛んでいるからだ。これに対する中国政府の対応は素早かった。22日、中国外務省の劉建超報道官は、これが人為的な爆破事件であることは認めたものの、五輪に反対する勢力が起こしたテロではない、と強調した。

 さもありなん。国の威信をかけた北京五輪は目前に迫っている。現在、北京市内はテロに対する厳重な警備態勢が敷かれている。このような水も漏らさぬような鉄壁な警備態勢が、北京市から遠く離れた場所とはいえ、五輪に反対する勢力のテロに襲われたのでは、中国の面目が丸つぶれだ。

 それでも、バス爆破事件の真相はどうやら、中国政府の言うことが正しいらしい。

 毎日新聞によると、中国紙「南方都市報」が7月22日伝えた報道では、この事件の犯行予告メールなるものが携帯電話を通じて複数の市民に流れたという。この報道が事実であれば、この爆破事件は五輪開催に反対するテロではない可能性が高い。五輪反対勢力によるテロであれば、事前の犯行予告は効果を半減させかねないだろうからだ。

 そうなると、この事件は一体何を目的にしているのだろうか。最近の中国の社会情勢から見てみれば、中国全土で頻発している暴動のひとつというふうに理解したほうが正しいかもしれない。

 1978年、中国は「先富論」というトウ小平の御宣託を得て、従来の計画経済から改革開放へと舵を切った。かつて金儲けに走る者が走資派として糾弾された時代があった。いまや、中国の資本が、世界の地下資源や世界的企業を買い漁るまでになった。経済成長率もひところに比べると、ややかげりは見えるものの、いまだに10%台を保っている。このままで行けば、日本を抜いて世界第2位の経済大国になるのは時間の問題だ。

 しかし、経済成長の恩恵を受けているのは、沿岸部と内陸部の一部だけに限られている。「先富論」では、先に豊かになった者が影響力を発揮して、残った他の者を豊かにさせるはずだった。

 現実は、トウ小平の御宣託のようにはなっていない。都市部と農村部の経済格差、地方政府の官僚の汚職と腐敗、強権的な行政と警察、失業者の増大、物価の上昇など、様々なところに、改革開放政策の負の面があらわになってきた。

 この負の面が形になったのが、中国各地で起きている暴動だ。

 経済の拡大には絶大な力を発揮したトウ小平の開放政策は、陰では、国民に欧米の価値観をもたらした。自由と民主主義だ。

 しかし民主化運動は、天安門広場の戦車隊の前に、無残にも踏み潰された。この後、民主化の急先鋒たちは国外へ逃亡し、穏健派は地下に潜り込み、一般市民に同化した。

 こうして頓挫した中国の民主化だが、最近、新たに形を変えて芽を吹き出した。それが中国全土で多発している暴動ではないだろうか。これらは、国民の政府や社会に対する不安、不満が蓄積し飽和状態になった今、マグマのように爆発したものだ。

 しかも、それは天安門事件の“残党”の仕業ではない。その後に芽を吹いた、新しい民主化がもたらした行動なのだ。これまで抑圧されていた国民が、胸の奥底に鬱積させていた本当の自分の声を外部に向かって発信し始めたのだ。

 これらに対し、中国は相も変わらず、力で抑え込もうとしている。が、冷静に分析すれば、今現在、中国各地で起きている様々な暴動は、10年前に起きた天安門事件の残り火から燃え上がったものと理解するはずだ。その道理を無視して再び強権で排除するのであれば、今後、この動きはさらに加速、増大するに違いない。

 中国は、国民が望む民主化を押さえ込めるのだろうか。体制維持のために人命と流血のコストを払い続けられるのだろうか。

(記者:藤原 文隆)

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