記事登録
2008年07月27日(日) 09時30分

<忘れない>留学2日前の惨劇 上智大生殺害 焼き捨てられた幸せ 父の悲痛な思い毎日新聞

 焼け残ったパスポートが手元に残る。「何でわが家なのか、何で娘なのか」。96年9月に殺害された東京都葛飾区の上智大生、小林順子さん(当時21歳)の父賢二さん(62)は、事件解決につながる何かを忘れていないか問い返す。米国留学を目前にした順子さんを襲った凶行。「娘は私の夢であり誇りだった」。賢二さんは、順子さんが書いた英語の論文をカバンに入れて、持ち歩き続ける。

 柴又帝釈天近くにある2階建ての自宅が、会社勤務の賢二さんと妻幸子さん(62)、長女と次女順子さんのマイホームだった。

 「お宅が火事のようです」。賢二さんは事件の一報を、出張先の福島県・新白河駅の新幹線ホームで聞いた。車内から携帯電話で連絡を取るうち、深刻な事態が分かってきた。「残念ですが、順子さんはお亡くなりになりました」。搬送先の病院への電話で告げられ、目の前が真っ暗になった。「よりによって留学の2日前に……」。上野駅からタクシーを飛ばして自宅に着くと捜査車両に乗せられた。「ただ亡くなったのではなく、殺されたのです」。刑事の言葉で、初めて殺害事件だと知った。

 コンパで帰りが遅い夜、賢二さんは順子さんを駅に迎えに行くのが楽しみだった。自転車の後ろに乗せ、商店街の道を重みに少しよろけながら走った。「家までの10分間が幸せだった」

 事件の約3カ月前には、箱根に家族旅行をした。順子さんの米国留学と、姉の結婚が決まり「もう家族4人で旅行ができなくなるかもしれない」と順子さんが提案した。

 強羅から登るケーブルカーの車窓から見えたアジサイが美しかったのを賢二さんは思い出す。幸子さんと娘2人は一緒に温泉につかり、自分は浴衣姿でビールを飲んだ。

 箱根ロープウェイ大涌谷駅で撮った4人がそろう最後の写真。自宅の焼け跡から見つかった縁の焦げたその写真を、両親は今、何よりも大切にしている。

 文京区にある順子さんの墓は、たくさんの花に囲まれている。幸子さんが花を絶やさないように鉢植えを置き、週1回手入れする。

 線香を上げ、娘に語りかける。「順子、執念だよ。(怨念、おん、ねん)だよ」。順子さんの魂が、犯人を必ず見つけ出すと信じてきた。しかし事件から10年がたった2年前、もう恨みを口にするのをやめた。「私の執念が解決を遠ざけているのかなと思った。言わなくなった途端、解決するかと」

 事件後、長女は嫁ぎ、両親は近くに引っ越した。順子さんが高校時代にアルバイトした肉店、家族で通った銭湯。みな当時のまま残る。焼けた自宅跡だけが空き地になった。賢二さんは、小石が転がる地面を見つめる。「こんな狭い所だが、4人で幸せだった。犯人逮捕をひたすら祈っている」【宮川裕章、鈴木泰広】

 ◇<容疑者の情報>

【不審者】事件前、被害者宅を見ていた男。30代後半、身長約160センチ、やせ形。黄土色のレインコートと黒ズボン姿

【からげ結び】被害者を縛った結び方は「からげ結び」。造園、足場組み立て、和服着付け、舞台衣装、古紙回収、電気工事、土木関係などの業種で用いる

【血液型】A型

 ◇情報をお寄せください。

 〒100−8051(住所不要) 毎日新聞社会部「忘れない」係。ファクス(03・3212・0635)、Eメール t.shakaibu@mbx.mainichi.co.jp

 警視庁亀有署捜査本部(03・3607・9051)

【関連ニュース】
動画 被害者の父の悲痛な思い
特集 忘れない「未解決」事件を歩く
上智大生放火殺人:発生11年 絶たれた夢、かなえて 両親、留学予定先を訪問
上智大生殺害事件(96年9月)
八王子スーパー強殺:時効まで2年 被害者の高校で追悼会

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080727-00000000-maiall-soci