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2008年07月21日(月) 10時07分

バスジャックした14歳学級委員長の「カネ」「女」「親」産経新聞

 東名高速道路を疾走する高速バスを乗っ取ったのは14歳の家出少年だった。学校では学級委員長を務め、「ノーマーク」(学校)という優等生は事件直前、突然に生活に乱れが出ていた。「親にしかられ、めちゃめちゃにしたかった」と警察に動機を供述している少年。しかられた原因は「カネ」と「女」だというから驚く。バスジャック犯にはとうてい結びつきようのない少年の内面を覗いてみると…。
 ■サングラスに黒いシャツ姿…ナイフ突き付け「東京へ行け」
 平日の昼過ぎとあって2階建て高速バスは空いていた。
 名古屋駅を定刻通りの正午に出発したバスは、混雑する名古屋市中心部の一般道をようやく抜け、東名高速名古屋インターチェンジを東京方面に速度を上げながら入った。
 そのとき。
 運転席の近くに座っていたジェイアール東海バスの社員(42)の目には異様な光景が飛び込んできた。
 運転手の後ろに果物ナイフを持った黒い長袖シャツにサングラス姿の少年が立っていたのだ。
 「乗客に刃物を持った男がいる」
 16日午後0時53分。危険を感じた社員は会社を通じて110番通報を依頼。愛知県警は緊急配備を敷き、直ちにバスを追った。
 「バスジャックした。止まるな。スピードを落とすな」
 少年は運転手に果物ナイフを突きつけ、東京行きを指示。少年は「疾走する密室」と化した高速バスを支配した。
 ■「西鉄事件」をヒントにしていた
 少年によるバスジャック事件−。平成12年5月のゴールデンウィーク中に発生した「西鉄バスジャック事件」が真っ先に思いだされる。
 少年は愛知県警の調べに「以前、母親が西鉄バスジャック事件のことを話していたのを思い出してやった」と供述。実際、西鉄バスジャック事件を参考にして計画を練ったフシがみられ、共通点も多い。
 「高速バスを狙う」「刃物を使用」「東京行きを指示」のほか、西鉄事件では、当時17歳だった少年が自ら携帯電話で110番通報し警察に対し「取引しようか」「拳銃を持ってこい」などと要求したが、今回の少年も午後1時10分ごろ「おれはバスジャックした」と自ら110番していた。
 さらに、西鉄事件では、「トイレに行きたい」と機転を利かせてバスから降りた乗客が警察に通報して事件が発覚。その後、次々と乗客がバスの窓から脱出し車内の詳細な様子が明らかになったが、今回の少年は人質の乗客がこうした行動を取らないよう、“作戦”を練った可能性もある。
 少年は運転手に指示し、2階席にいる乗客全員を1階まで降りてこさせ、乗客に対し「携帯電話を渡せ」と要求した。「邪魔されず東京に行くため外と連絡が取れないようにした」と供述しているという。
 この後も「カーテンを閉めろ」と乗客に指示するなど「完全な密室」を作り出した。少年はたばこを吸う余裕までみせていたという。捜査関係者は「14歳の少年が場当たり的に犯行に及んだとは思えない」と少年が西鉄事件を思い出し、事件について調べていた可能性を指摘する。
 ■10万円を必要としていた「学級委員長」
 少年は会社員の父親、母親と妹の4人家族。「まじめ」で通っていた少年はテニス部に所属し、後輩の面倒見もよかったという。
 2年生になった4月には自ら立候補して学級委員長にもなった。全校集会では水を飲む冷水器を増やすように発言するなど積極的な一面もあった。
 事件前日の今月15日と当日の16日は欠席したが、14日までは無欠席。学校側では「ノーマークの子」と映っていた少年だったが、一体何があったのか。
 発端は事件5日前にさかのぼる。
 「生活に乱れている部分があった」(少年の通う中学校長)
 ノーマークの子に突然現れた生活態度の異変。今月11日に少年の担任教師らが少年の自宅を家庭訪問して、親と話し合いがもたれた。
 「生活の乱れ」というのは、少年が同じ中学校の友人に「現金10万円を貸してくれないか」と頼んだことだった。友人の保護者から学校側に金銭問題について相談が寄せられたことから家庭訪問が行われた。このことで14日夜に少年は親から厳しく叱責される。
 15日未明には宇部市の自宅から現金数万円を持ち出して家出した後、北九州市に向かい、同日夜にJR小倉駅(北九州市)から新幹線に乗車。深夜に名古屋駅に着き、駅近くのホテルで一泊した。犯行当日の16日午前中に名古屋駅近くの100円ショップでナイフを購入したとみられる。
 「友人に借金を申し込んだことなどを親にしかられ、嫌がらせでやった」
 動機についてこう供述している少年。逮捕直前に説得にあたっていた警察官にも「お金のことで親ともめて、『死んでしまえ』『児童相談所に行け』と言われた」と親への不満を述べたという。小学生時代にも家出経験があった少年にとって「優等生」の一面のほかに親と根深い確執があったことがうかがえる。
 ■「やさしいしゃべり方」の少年…「文通少女」の存在や「元カノ」とのトラブルも
 そもそも金銭に関する「トラブル」の発端は「女」だった可能性が浮上した。
 少年は愛知県警の調べに、金銭トラブルについて「友人から10万円を借り、交際したいと思っていた女子生徒に渡したかった」と供述しているというのだ。
 中学生が同級生の女の子に10万円を渡す…少年は一体何を考えていたのか。
 捜査幹部は「少年が好意を寄せていた女子生徒にしつこく交際を求め、困った女子生徒があきらめさせるためにわざと高額の話をしたことを真に受けたのでは」と分析している。
 家庭訪問では、同じ学校に通うこの女子生徒との交際をめぐる問題についても話し合いがもたれたという。少年の両親は「交際相手との付き合いをしかったのが家出の理由だろう」と山口県警に語ったとされる。だが、一方で学校関係者は異性問題について「少年の一方的な思い」としており、少年は「少女ともう一度付き合いたい」と話したという。「交際」を反対されたことよりも、叶わぬ思いに気持ちを爆発させた可能性が高い。
 思春期を迎え、少年は異性に対する性の芽生えが生じていたが、最近になって気持ちに「異変」があったのは事実のようだ。
 トラブルになっていた少女とは別に、少年は別の中学校に通い同じ塾で知り合った少女(13)と今年春ごろから文通する仲になる。
 少女は少年について「よく話す人で、しゃべり方もやさしかった」と振り返る。少年とは共通の友人を通じて手紙をやりとりしていたが、7月に入ってからは急に話さなくなったという。そのころから少年は別の少女に心変わりしたのだろうか…。
 事件前に金を必要とし、女性との交際をめぐりトラブルとなっていた少年。この少女は金銭トラブルや交際をめぐるトラブルについて、少年からは何も聞いていなかったという。
 ■相次ぐバスジャック…業界は対策を進めているが
 バスジャックは西鉄バスジャック事件以降、全国で15件と頻発している。
 日本バス協会ではバスジャック対策として運転手がとるべき行動の統一マニュアルや車外への緊急連絡をするための整備を決めている。今回、ジャックされた高速バスにも運転席に非常事態発生を車外に告げる装置のボタンがあったのだが…。
 「犯人を刺激しないよう、押さなかった」
 首にナイフを突きつけられていた運転手は緊急通報を告げるボタンを押すことができなかったという。運転に集中している運転手がいきなり首に刃物を突きつけられてしまっては無理もない。
 「ジャックされた後に通報するシステムはついているが、飛行機のように危険物を持ち込ませないように未然に防ぐのは難しい」(関東のバス会社)
 乗り合いバスの年間利用者は延べ40億人以上。全国で1万カ所以上あるというバス停ひとつひとつで金属探知器などを実施するのは不可能だ。
 バス車内には運輸規則で「油脂・火薬」「多量のマッチ」の持ち込みが禁止されているが、乗り場に掲示したり車内アナウンスで呼びかけるだけで、フリーパスなのが現状で、「乗客の方にも不審な人物がいたら早めに通報してもらうしか対策の手だてがない」(同)。
 少年は小学校の卒業アルバムに将来の夢として「パイロット」をあげていた。「お客さんの命を安全に運ぶという重大な仕事」というのが理由だった。
 「夢」を自らの手でつぶした少年。
 調べには素直に応じているが親には会いたがらないという。

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