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2008年07月18日(金) 19時31分

読者レビュー◇『察知力』 中村俊輔著オーマイニュース

 大好きな中村俊輔が本を書いたというので、ネット書店に申し込むと現在取り扱えないと返事。そこで市中の本屋のベスト10のコーナーでやっと手に入れた。

 この本のタイトルであり、全編を通して彼の考えを述べるキーワードとして使われている「察知力」は常に自分への問いかけである。

 サッカーを通した自分の生活の中で、次々に生じる課題に対処する力は、内省にある。すなわち、過去の自分に対する考察、今の自分の状況に対する分析、未来の自身に対する目標や希望。他者の批判よりも前に、まず自分自身の内省である。

 この彼の内省を可能にしているのは、高校2年生のときからつけているサッカーノートだ。「忘れたくないこと、忘れちゃいけないことがぎっしり詰まっているのがサッカーノートかもしれない」と彼は書く。

 以前インタビューですべてのゴールを覚えていると語ったのを聞いた。サッカーの殿堂と言うものがあるのなら、ひとつひとつのプレーを含め、日常の小さな発見まで書き留めたこのノートを収めて、是非見せてほしいものだと思った。

 あとがきで今の日本での「KY」に触れている。

 「『空気が読めない』ということらしいが、僕にとってKYは、むしろ『空気が読める』というイメージを強く抱かせる。サッカーに関してはもちろん、人として、『空気が読める力』は、重要なことだと思っている」

 ここでも彼は他者に対してではなく、自身に向けて語っている。

 監督が求める空気、チームメイトが出す空気、異国の空気、試合を包む空気、それらを読みながら彼は進んできた。KYに挑む力が察知力だと定義している。「人を思いやり、他人の気持ちを感じる力」という言葉も彼らしい。

 イタリアでのチームメイトのいたずらは、普通に読めばいじめと映る、けれどそれを仲間に入れるいたずらとして理解し、場を感じながらチームメイトを観察する。そして最終的に仲間に自分の想いを理解させてしまう。

 そうした察知力は、日本的KYにないエネルギッシュで積極的な対人関係を作り出す。彼の思考は常に前向きだ。不遇な今を悩むよりも、足りない何かを知って未来に準備する、賞賛に溺れるのではなく、新しい壁を見つけだそうとする。

 そうした姿勢は、サーカー少年からプロサッカー選手に、引退後の指導者にと常に未来への目標を自分に課している。

 日本代表として常に注目を浴びてきた中村俊輔。「いい人っぽいね」と息子は言い、ファミマのCMに親近感がわき、我が家もそんな世間一般と同様の俊輔ファンである。

 新しいいじめじゃないか、はみ出し者をいびる道具じゃないか、と言われるKYに前向きで明るい意味をもたらしてくれたこのすてきなアスリートの本がまだまだ重刷されて、多くの若者の手に取られることを願ってやまない。

幻冬舎新書
2008年5月30日
740円(税別)

(記者:曽野 千鶴子)

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