記事登録
2008年07月16日(水) 10時06分

築地市場移転 都と専門家会議の矛盾(下)オーマイニュース

■すれ違いの「前提」で、なされなかった市場移転の是非論

 2007年5月に始まった専門家会議は、都の中央卸売市場長の諮問機関だ。当然、都と同じように「市場移転は決定事項」を前提にしていると考えられ、市場の仲卸業者らは警戒を強めた。

 しかし、会議のメンバーは「移転ありきではない」と繰り返してきた。「われわれは汚染対策を話し合うために呼ばれたのであって、“市場移転”にかかわる議論はしない」という姿勢だ。

 しかし、都知事や都当局は、汚染の実態が明らかになるたびに、「専門家会議の報告書を待ってから」と繰り返してきた。結果、市場移転に反対する魚河岸の業者らのあいだには、「すべては専門家会議の結論にかかっている」というムードが高まった。

 実際には、汚染がどうであろうが費用がいくらかかろうが、移転するかしないかを決めるのは石原都知事だ(本来は都民だが)。

 それでも、唯一開かれた議論の窓口に、市場関係者は「移転すべきでないと言ってほしい」と切実な思いをぶつけ続け、専門家会議は「移転の是非には踏み込まない」とかわし続けてきた。

 7月13日も、専門家会議の傍聴者との質疑応答は2時間近くに及んだ。際だったのは、専門家会議と都の「前提」の矛盾を指摘する声だ。

市場の業者 「専門家会議は『移転ありきでない』というが、都は『移転ありき』。言うことが矛盾しているではないか」

座長 「私どもは移転ありきではない。重要なのは報告書を出したこと。そのあとは都と都民が議論するべきことじゃないですか」

市場の業者 「そういうことを軽々しく言われたら困る」

別の業者 「専門家会議は(移転が前提の)中央市場長から諮問を頼まれているはず」

都の担当者 「豊洲への市場移転は決定しており、われわれとしては1日も早い市場移転をというのが前提」

先の市場関係者 「では責任はあなた(都の担当者)がとってくれるのですね!」

都の担当者 「責任とはどういう意味か!!」

 移転には触れないと繰り返すだけの専門家会議に、踏み込んだ発言を懇願する声も相次いだ。

 市場移転に反対する仲卸業者の1人は、この日明らかにされた絞り込み調査でも環境基準の千倍や数百倍というベンゼンやシアン化合物が確認されたことに触れ、 「本当に、一般人として、僕らは怖いんです」と悲愴な声をぶつけた。また別の業者は、

 「報告書では管理のあり方とあるが、そんな(汚染物質の)管理が必要な場所に、生鮮食料品を扱う市場を置くというのは恥ずかしいことです。都民は、この専門家会議で市場移転が決まると思っている。よろしくお願いします」

と、「市場」という特殊性に配慮した発言を繰り返し求めた。

■改めて考えたい、「汚染された土地への市場移転」

 会議前日の7月12日、築地市場では、仲卸業者らが中心になる「市場を考える会」の呼びかけで4回目のデモが行われた。炎天下の昼日中、市場に集まったのはおよそ2000人。築地から東京駅前を通って大手町までの2時間近い行進で、参加者は流れる汗をぬぐいながら、メガホンや看板を手に、「汚染された土地になぜ市場が行かねばならないのでしょうか」と訴えた。

 ここまで1年半にわたって、移転に批判的な立場からこの問題を取材してきた記者も、デモに同行した。

 数人と話をした感じでいえば、これまでのデモより、市場関係者以外の参加が増えていたように思う。

 地道な運動の積み重ねによって、専門家会議が設置され、新たな汚染の実態が明らかになり、多くのメディアが移転問題をニュースとして扱うようになった功績は大きい。

 専門家会議は結局、移転の是非には踏み込まなかったが、ここで、あらためて問題を振り返り、少し私個人の考えを述べてみたい。

  ◇

 報告書案にある対策は、確かにかなり厳しい内容だと思う。

 豊洲の市場用地は約40ヘクタール。それを地下2メートル分引っぺがすのだ。はがした土は巨大な産業廃棄物である。どこに持って行くのかという1点をとっても難題だ。普通の自治体であれば計画放棄を考えるだろう(もっとも、普通の自治体なら、汚染がわかった時点で計画をやめるのだろうが……)。だって、その費用は血税でまかなわれるのだ。

 それに、環境対策は一度やったら終わりというものではない。継続して危機管理という負担がかかるものだ。都民の意向が問われるべき場面だが、石原都知事にそのそぶりはない。

 デモ参加者の1人で、豊洲で魚屋を営む男性が 「石原さんは都民や国民のことなんて考えていない。自分と大企業のことしか考えていない」と憤っていたが、無理もない。

 専門家会議が言うように時間とお金をかけ、“完璧な”汚染対策がとられれば、豊洲のリスクは大部分なくなるだろう。利用可能な土地に生まれ変わるとも思う。それでも私が「築地市場の豊洲移転」に反対する理由は、「市場がそこへ移転する」メリットが見いだせないからだ。

 築地の売却益が都に入っても、それは一時的なもの。代わりに都内随一の観光名所と築地のブランドが消滅してしまう。豊洲には築地の活気を支える場外市場も実質的に移転できないという。築地以上の魅力ある市場になるとは想像しがたい。

 むろん、現在の築地市場が老朽化している問題はある。そのとおり、建物は古いことは移転反対を叫ぶ人も否定しておらず、「築地に残るなら再建」を前提にしている。どこかへ移転してもしなくても、市場は近い将来、近代化されるだろう。

 私は、築地に限らず、公設である「市場」という器には、将来発生するかもしれないリスクを避ける社会的責任があると考えている。「食の安心・安全」を担う市場が負うリスクは、食べものを通じて私たちにふりかかるからだ。対策をすれば「安全な状態に近く」なる土地であっても、はたして市場はそういうところにいくべきものだろうか?

 たとえば、台所で生ゴミを捨てる網で、十分に消毒したからといってサラダ用の生野菜を洗って食べるだろうか?

 土地にはその履歴に合った使い道がある。同じように、土地を使う人にはその目的に合った土地に立つ理があるはずだ。

 問われているメッセージはただ1つ。

 「汚染のある土地で扱われた生鮮食品を、私たちは安心して口にできるだろうか」

ということだ。

(記者:軸丸 靖子)

【関連記事】
「豊洲新市場問題 汚染の地には行かない!」をもっと読む
軸丸 靖子さんの他の記事を読む
【関連キーワード】
築地
汚染
豊洲

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080716-00000000-omn-l13