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2008年07月11日(金) 17時26分

読者レビュー◇『機動戦士ガンダム THE ORIGIN第17巻』 安彦良和著オーマイニュース

 本書は日本を代表するロボットアニメ「機動戦士ガンダム」の漫画版である。アニメ版のキャラクターデザインを担当した安彦良和が著者で、漫画雑誌「ガンダムエース」に連載中である。

 本作品は1979年から1980年にかけてテレビ放送されたアニメ作品を原作としつつ、原作の非現実的な部分や、原作で説明していなかった部分を大胆に修正・追加している。

 アニメ放送時よりも高めの年齢層の読者を対象としているためか、とりわけ政治劇や陰謀が深く描かれており、リアリティの増した作品になっている。

 第17巻のサブタイトルは「ララァ編・前」。前巻までの地球から舞台を再び宇宙に移す。中立コロニー・サイド6における、主人公アムロ・レイとニュータイプの少女ララァ・スンとの運命的な出会いが山場である。

 また、アムロと好敵手のシャア・アズナブルも戦場でのモビルスーツ戦ではなく、生身で会うことになる。他にもミライ・ヤシマと許婚のカムラン・ブルーム、アムロと父親のテム・レイが再会するように、出会いのシーンが盛りだくさんである。

 衝撃的な出会いにおける登場人物の心情の動きは、映像作品では文字通り一瞬に凝縮される。しかし、紙媒体では丁寧に描くことができる。

 本作品も実に丁寧に描かれている。思いもよらない相手、すっかり変わってしまった相手との出会いに伴うギクシャク感が上手に表現されている。

 描写の丁寧さは加わったが、ストーリー展開は基本的にアニメ作品に忠実である。この点で、アニメと異なる展開が多かった前巻までの地球上でのシーンとは対照的である。この点にテレビ放送時と今との社会背景の相違が感じられる。

 アニメでガンダムが放送された1979年と比べ、現代の社会環境は大きく変化した。とりわけIT技術の進歩は目覚しい。この点は本作品にも反映されている。

 アニメでアムロは紙のマニュアルからガンダムの操作法を知った。本作品では父親のパソコンから知ったことになっている。また、ペルーのクスコでは文化遺産を保護するため、中立地帯になって戦闘が禁止されている。こういった面で、社会意識も反映されているのだ。

 一方、宇宙開発の面では放送当時から現在まで、さほど進歩が見られない。むしろ、現代では人工衛星打ち上げの失敗が大きく報道されたり、「人類は月に行っていなかった」という主張がテレビ番組で紹介されたりしている。アポロ計画のころと比べるならば、人類の夢を実現するものとして、宇宙開発に大きな期待がされていない時代といえる。

 ガンダムは人類の大半が宇宙で生活する時代の物語であるが、宇宙生活という観点ではガンダムの世界観を修正するほど、現代社会は進歩していない。だから、地上でのストーリーや政治的な駆け引き、人間模様に関しては新たな設定が加わる一方で、宇宙空間のストーリーでは原作アニメをなぞる形になりがちである。

 実際、近時のガンダムシリーズでは宇宙の存在感は小さくなっている。2002年放送開始の『機動戦士ガンダムSEED』では地球の統一勢力と宇宙コロニー勢力との戦いというガンダム世界の伝統的な対立軸は維持されている。

 しかし、これは差別されたコーディネーター(遺伝子操作を受けた人類)が新天地を求めてコロニー国家を建設したためであり、地球に住む人と宇宙に住む人という対立軸にはなっていない。宇宙生活はコーディネーターにとって消極的選択であって、過去のガンダムに見られた人類の覚醒をもたらすものというような積極的意味付けは存在しない。

 2007年放送開始の『機動戦士ガンダム00』では、地球上の3大国間の対立が軸となっており、地球対宇宙という関係は完全に消滅した。この世界での宇宙開発は、軌道エレベーターと宇宙太陽光発電システムという化石燃料に代わるエネルギー供給源としてのものである。

 宇宙空間に生活するのではなく、地球上の生活のために宇宙を利用するに過ぎない。人工衛星を通信・放送や天気予報に利用する現代社会の延長線上にある。

 作品は時代を映す鏡と言われる。1979年に放送された作品と、21世紀に描き直された作品を比べると、それぞれの時代状況が垣間見えて興味深い。

原案:矢立肇、富野由悠季
角川書店
2008年6月26日刊
定価(税込)588円

(記者:林田 力)

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