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2008年07月10日(木) 11時56分

読者レビュー◇『東京大空襲』 日本テレビ編オーマイニュース

 本書は、2008年3月放映の日本テレビのドラマ、『東京大空襲』の制作にあたって、空襲を体験した被災者らを取材し、「彼らが初めて明かしたエピソードの数々」を「制作資料として埋没させてしまうのは惜しい」として企画された。

 評者(=斉喜)はかねて東京大空襲について少なからぬ関心を持っていたため、本書を読むことにした。そして、いくつかの意外な事実を知った。

 まず冒頭に、林家正蔵師匠の母でもある、海老名香葉子さんの証言が出てくる。海老名さんは疎開していて大空襲の難を逃れたが、祖母、父母、兄弟の6人を失い、生き延びたのは、すぐ上の兄だけだった。

 その兄が見た光景。

 「小学校のところまで行くと、もう、遅かったために扉が閉まっていた。そして、その前は、すでに大勢の人の焼死体が飛んできて吹き溜まりのようになって、門の入り口のところに山のように遺体が重なっていた」

 ここで、死体が飛ぶという表現があるが、それは誇張でもなんでもないようだ。

 以前、NHKが東京大空襲の検証番組をやっていたのを見たことがある。当日は風が強かったこともあるが、凄まじい高熱により、火炎が竜巻のように舞い上がる現象が次々起きた。焼死体が飛ばされて、吹き溜まりのようになる、というのはあり得る話だ。

 NHKの検証によれば、あまりの猛火により、酸素が欠乏して、焼死する前に、多くは窒息死したという。そして酸欠により遺体は燃えるどころか、蒸し焼き状態になり、炭化したというのだ。その炭化した遺体が山積みになった写真も視たが、原爆にも匹敵する地獄絵であった。

 海老名さんは、この東京大空襲の慰霊施設が「思想の問題」や「いろんな問題」でつくられていないことに心を痛め、「私自身でなんとか建立したい」と奔走し、上野の両大師に母子像を立てるこになった。

 が、そのとき海老名さんが「もんぺをはいた母」の像を構想していたら、都の担当者から「もんぺ」は宗教色、政治色が強いからダメ、と言われ、やむなくスカート姿にした、というエピソードを皮肉っぽく書いていた。もんぺがだめ、とは無体な話だ。

 この海老名さんの証言を皮切りに、以下、当時のナースたちの証言や、ドラマについての話が続く。

 そのなかで興味を引いたのは、山辺昌彦氏による「今、東京大空襲を考える」。

 東京大空襲については通説として、「目標地域の周囲にまず巨大な火の壁を作って、逃げまどう人々に焼夷弾を落とした」という説明がある。壁を作り、逃げられないようにしてから、焼くわけだから、明らかに「民間人皆殺し」を狙った非道な作戦といえる。事実、NHKの番組ではそのように検証していたし、評者(=斉喜)もそう信じていた。

 ところが、山辺氏は違うことを言う。

 「実際の空襲はまず照準点に大きな焼夷弾M47を落とし、大火災を起こし、照明とし、それを目印に目標地区全体に焼夷弾を大量に投下しているのであって、(中略)全体を囲むような火の壁がつくられ、それからその中を焼いたわけではない」

 「このように被災者の実感から言われることの中には、アメリカ軍の実際の空襲の仕方とは違う場合がある。逆に体験者の記憶から、公式記録の不正確さがわかる場合もあるので、両者のつきあわせが重要である」

 故意に「火の壁」をつくったわけではないからといって、一夜にして10万人以上の民間人を殺戮(さつりく)した米軍の行為が、なんら正当化されるものでないのは、当然である。しかし、これは非常に示唆に富む一文で、歴史に対する検証には、このような「両者のつきあわせ」という冷静な作業が求められる。

 さらに、こんな事実も書かれている。「戦時中は、1942年2月制定された戦時災害保護法によって、軍人軍属だけでなく、民間人にも、死者の遺族、負傷者、家を焼かれた人たちに、給付金を支給する事実上の補償制度があった。ここでは日本人だけでなく、日本の植民地にされた朝鮮や台湾の人たちにも同じように支給された」と。

 あまり知られていなかった事実であり、国家は必ずしも民衆にとって暗黒の存在ではなかった、との1つの証左でもある。

 最後に、本書に紹介されたデータファイルからも、興味深い事実が窺えた。「米戦術作戦任務報告によると、3月10日の作戦でのB29の損失は14機」としているのに対し、「大本営発表」では「撃墜 十五機」と、ほぼ同数になっている。これも意外な事実の1つである。

日本テレビ出版部
2008年3月
1143円+税

(記者:斉喜 広一)

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