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2008年07月10日(木) 07時51分

【特報 追う】オウムと12年闘った破産管財人 阿部三郎さん産経新聞

 ■「信念を貫けば道は開ける」

 宮城県女川町出身の弁護士で、オウム真理教の破産管財人を務めた阿部三郎さん(82)が8日、郷里の小中学生らを前に講演した。12年間に及んだ破産管財業務の苦難の道を語りながら、「困難が立ちはだかったら自分自身で解決策を考え、一度決めたらがむしゃらに突き進むこと。そうすれば必ず結果は出る」と子供たちにエールを送った。(渡部一実)

 平成8年1月、東京弁護士会からオウム真理教の破産管財人を頼まれた。脳裏をよぎったのはオウムが関与したとされる数々の凶悪事件。地下鉄サリン、松本サリン、警察庁長官狙撃、弁護士一家殺害…。「引き受けたら命の保証はない」。そう思った。

 管財人は教団施設や財産を差し押さえ、事件の被害者らに分配する。場合によっては強制執行をかけるから、オウムからみれば“敵”だ。家族や事務所員が報復される危険もある。普段は即断即決だが「考えれば考えるほど困難なイメージ、悪いことしか思い浮かばず、なかなか結論は出なかった」。

 とまどう背中を押したのは、弁護士法第1条の条文。「弁護士は基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とする」。弁護士バッジを胸にした日、自らに誓った言葉だった。「ここで引いたら自分の生き方を否定することになる」。同年3月、管財人を引き受けた。

 決断した瞬間、なぜかふるさとの光景を思いだした。女川の海や浜、子供のころよく遊んだ山にある石仏「三十三観音」。「精神的に追いつめられて、無意識に観音様に助けを求めたのかもしれません」。

 女川の生家は、かつお節などを作る水産加工業を営んでいた。男ばかりの4人兄弟の三男。兄と弟に挟まれた負けず嫌いの少年だった。

 小学3年のとき、父の前で嘆く親類の声を聞いた。トラブルに巻き込まれ裁判をしたいが、弁護士費用がないという。弱い者、金がない者は泣き寝入りするしかないのか。何かがおかしい。子供心に小さな正義感が芽生えた。

 時代は昭和初期。日本が戦争への道を歩み始めた時期だった。戦争になったら自分に何ができるのか。国家や人の役に立つにはどうすればいいのか。そんなことばかり考えて日々を過ごした。「正義感」と「人のため」。少年期に培った2つの信念が、弁護士への道を開いた。

 自宅前にできた警察官詰め所、外出に付き添うSP、狙撃防護用のブラインドを下ろしたままの事務所…。“異例”の破産管財業務は平成8年3月、東京地裁による教団への破産宣告で幕を開けた。

 施設や資産をオウムが素直に引き渡すのか。当時の教団施設は全国25カ所、居住信徒は約1300人。万が一、武器や毒ガスを手に抵抗されれば、文字通り“戦争”となる。初めて教団施設を訪ねたときは、思わず鳥肌が立った。

 「悪は絶対許さない」。覚悟を示すため、教団の本拠地・山梨県上九一色村(当時)の第6サティアンの「ヴィクトリー棟」を信者の眼前で解体。その一方で、社会復帰を考える信者の相談に応じ、支援した。

 「北風と太陽作戦」が奏功し、管財人就任からわずか7カ月後、全施設から全信徒を退去させることに成功。1人の死傷者も出さなかった。

 悩まされたのは施設の解体費用、債権の取り立ての順番。解体費がかさむほど債権者(被害者)への配当金が減る。たとえ配当できても、法律で国の持つ債権が優先され、被害者への配当は後回しになる。

 「オウム事件は国がしっかり監視や取り締まりをしなかったから起きた。その国が被害者より先に配当を受けるのは筋が通らない」。そう考え、管財人の範疇(はんちゅう)を超えた“政治”にあえて踏み込んだ。同郷の自民党代議士らに働きかけ、同年12月、解体費の国庫負担が閣議決定された。

 その後も国の債権を後回しにする特例法(10年4月制定)、「アーレフ」「ひかりの輪」などオウム後継団体の財産を「オウム財産」とし被害者への弁済に充てる法律(11年12月)の制定に奔走。「走りつつ考え、考えつつ走る日々だった」。

 今年3月に終結するまで12年に及んだ破産手続き。それは法律や制度上の「不可能」を「可能」にするための闘いでもあった。

 すべてが終わった今だからこそ、自信を持って聴衆に語りかけた。「どんなに苦しくても、難しくても、信念を持って進めば必ず道は開ける」。

【プロフィル】阿部三郎

 あべ・さぶろう 大正15年、宮城県女川町生まれ。石巻商業学校、中央大法学部卒。昭和29年弁護士登録。売血制度廃止、三菱重工ビル爆破事件(同49年)の被害者救済などに取り組む。同59年に東京弁護士会会長、平成4〜6年に日本弁護士連合会(日弁連)会長を務めた。同11〜17年、中央大理事長。オウム真理教の破産手続きは、今年3月の第16回債権者集会で終了。管理、換価、処分したオウムの財産は計約20億4000万円に上った。

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